EP 10
塩むすびの誓い、王の突撃
【太郎国・城壁上 臨時指揮所】
「キリがありませんわ……!」
ライザが歯噛みする。
眼下では、騎士団が奮戦しているが、倒したはずのキメラ・ゾンビが何度でも再生し、立ち上がってくる。
生身の人間には体力の限界があるが、死者にはない。戦況は徐々に、しかし確実に押し返されつつあった。
そんな殺伐とした空気の中、ふわりと湯気の香りが漂った。
「皆様、少し手を止めて。補給ですわ」
戦場に似つかわしくないほど落ち着いた声。サクヤだ。
彼女は盆に載せた「塩むすび」と、温かい「緑茶」を配って回っていた。
「サクヤ……。こんな時に、すまないね」
太郎が一つ手に取る。具さえない、ただの塩むすび。
だが、一口かじると、米の甘みと絶妙な塩加減が身体に染み渡り、ささくれ立った神経を鎮めてくれた。
「ありがとう、サクヤさん。生き返りますわ」
ライザもお茶を啜り、一息つく。
「いえ。腹が減っては戦はできませぬゆえ。……戦況は如何ですか?」
サクヤが静かに尋ねる。
ヒブネが苦々しい顔で答えた。
「困りましたね。こっちは生身で、あっちは痛みを知らない『ほぼ不死身』の泥人形。このまま消耗戦が続けば、いずれこちらが先に潰れます」
「う~ん……」
サリーが杖を握りしめ、魔力の源流を探るように目を細めた。
「やはり、力の源である魔王グレンデルを倒せば、何とかなるでしょうけど……」
サリーの視線の先、戦場の遥か後方に鎮座するグレンデルは、強固な肉の壁(再生魔獣軍団)に守られている。
「この戦場の中、地上から魔王まで辿り着くのは難しいぞ。道を作るだけで日が暮れる」
太郎が眉をひそめる。
その時、背後で黄金の光が瞬いた。
「……空からなら、行けます」
ヴァルキュリアだ。彼女は背中の光翼を広げ、真剣な眼差しで太郎を見た。
「私でしたら、神速の飛行で敵の対空砲火を振り切り、魔王の元へ直行できます。……ですが、運べるのは『1人』までが限界です」
敵陣のど真ん中へ、たった一人で乗り込む。それは自殺行為に等しい。
だが、太郎は即答した。
「本当か!? ……じゃあ、僕が行くよ」
「「「太郎様!?」」」
ライザ、サリー、ヒブネの声が重なった。
「危険ですわ! 王が単身で敵陣に突っ込むなど!」
「本当です! 私達で道を開きますから、どうかご自愛を!」
「ありがとう。……でも」
太郎は食べ終えたおにぎりの包み紙をギュッと握りしめた。
その瞳には、珍しく明確な「怒り」の炎が宿っていた。
「僕は、怒ってるんだ」
太郎は眼下の戦場――ツギハギにされ、無理やり動かされている魔獣たちを指差した。
「魔物だって、生きていたんだ。それを……道具みたいに弄んで、復活させて、合体させて、盾にするなんて。命への冒涜だ。王として、いや一人の人間として……僕は、この手でグレンデルをやっつけたいんだ」
太郎の言葉は静かだが、重かった。
それは、彼が築いてきた「皆で笑い合う国」の理念を、根底から踏みにじる行為への義憤だった。
「太郎様……」
サリーが口元を押さえる。
「……分かりましたわ」
ライザが剣を鞘に納め、真っ直ぐに夫を見た。
「貴方がそこまで言うのなら、止めません。その代わり……必ず、必ず生きて帰ってきてください」
「あぁ。約束する。サクヤの夕飯を食べなきゃいけないからね」
太郎は笑って、ヴァルキュリアに向き直った。
「では、頼むよ。ヴァルキュリア」
「御意。……しっかりとお掴まり下さい、太郎殿!」
ヴァルキュリアが太郎の身体を抱き抱える。
(くっ、ちょっと恥ずかしい体勢だけど、言ってる場合じゃないな!)
「うん! 目標、魔王グレンデル! 行くぞ!!」
ドォォォォォン!!
ヴァルキュリアが地面を蹴り、一気に音速の壁を突破した。
黄金の彗星となった二人は、無数のグリフィンや対空魔法を紙一重で回避しながら、一直線に敵本陣へと突き進む。
「フン? ……虫が飛んできたか」
玉座のグレンデルが、空を見上げてニヤリと笑う。
王対王。
因縁の直接対決の幕が上がる。




