EP 8
王の約束、竜王の義侠
【ルナアシア大陸・グランディス王国 王宮】
「うあぁぁぁ……! 助けてくれぇぇ!」
「ガブッ!! ギュルルァァァ!!」
王宮の窓の外は、この世の終わりのような光景だった。
空から降り注ぐ赤い雨。それに濡れた市民や兵士が、次々と皮膚を泡立たせ、理性を失った異形の魔獣へと変貌していく。
かつての同僚が、家族が、互いを喰らい合う地獄絵図。
「も、申し上げます!!」
謁見の間に、全身から血を流した近衛騎士が転がり込んできた。彼の鎧は一部が融解し、兜の下の顔は恐怖で引きつっている。
「我が国上空に魔王ヴァルスが現れ、呪いの『血の雨』を降らせたもよう! 雨を浴びた者は次々と魔獣に姿を変え、生き残った民達や騎士を襲っています! もはや……王都の防衛機能は崩壊寸前です!!」
「お、己ぇぇぇ……ッ!!」
アルフレッド国王は、玉座の肘掛けを握りしめ、血が出るほど唇を噛んだ。
「こ、これは一大事……! す、すぐに周辺国に援軍要請をしなければ!」
大臣が悲鳴を上げる。
「あ、当たり前だ! すぐに使いを出せ!」
アルフレッドが怒鳴るが、すぐにその命令が無意味だと悟り、力なく椅子に崩れ落ちた。
「……だ、だが、この血の雨の中をどうやって抜ける? 使いを出したところで、外に出た瞬間に魔獣と化すだけだ……。魔法通信も、この赤き雲の魔力妨害で繋がらん……」
孤立無援。
閉ざされた王都で、国民が全滅するのを待つだけの状況。
アルフレッドの脳裏に、先日届いたあの一通の手紙が蘇った。
『近々、伝説の魔王が2体ほど復活しそうです』
『もし魔王がそちらに行ったら、うちの竜王と不死鳥を派遣して焼き払います』
「な、なんて事だ……」
アルフレッドは頭を抱えた。
「太郎王の言っていた事は……脅しでも何でもなく、本当だったのか……。予言通り、魔王は復活し、我が国に来た。……私は、あろうことか『本当の敵』を見誤り、最強の援軍を拒絶してしまったのか……ッ!?」
後悔しても遅い。
空では魔王ヴァルスが高笑いし、地上では魔獣の咆哮が響く。
グランディス王国の命運は、尽きようとしていた。
【マンルシア大陸・太郎国 タロウ城】
一方、平和そのものだった太郎国にも、不穏な空気が漂い始めていた。
「あぁ~……面倒くせぇ匂いがしやがる」
城のテラスで、狼王フェリルが海の方角を睨んで鼻を鳴らした。
「血の匂いだ。それも、とびきり濃くて腐ったやつ。……海を越えた向こうの大陸だね」
「ふん。おちおちラーメンの仕込みも出来ぬではないか」
竜王デュークも腕を組み、不機嫌そうに空を見上げる。
「魔王ヴァルスの気配だな。あやつの悪趣味な魔力が、風に乗ってここまで届いておる」
そこへ、太郎がやってきた。
「え? どうしたのさ、皆。怖い顔して」
「旦那様」
フレアが心配そうに太郎に歩み寄る。
「遠くの大陸、グランディス王国にて……魔王ヴァルスが悪さをしているようですわ。感じる魔力量からして、すでに国一つが壊滅しかけています」
「な、何だって!?」
太郎が驚いた直後、廊下の向こうからヒブネが全速力で駆けてきた。
「た、太郎様!? 緊急事態です!!」
ヒブネは息を切らせながら報告した。
「太郎国国境付近に、巨大な魔力反応! ……魔王グレンデルが出現しました!!」
「グレンデルもか!?」
「はい! しかも奴は、各地のダンジョンから溢れ出た魔物を統率し、引き連れています! その数……およそ10万!! すでにこちらの防衛ラインへ向けて進軍中です!!」
「10万……!? そんなに!?」
太郎が息を呑む。
10万の魔物の軍勢に加え、統率するのは伝説の暴虐王グレンデル。
普通なら、国が即日滅ぶレベルの戦力差だ。
「如何致しますか? 太郎様」
サリーが杖を握りしめ、太郎の判断を待つ。
「直ぐ様に防衛戦の支度をします。総力戦になりますわ」
ライザが剣の柄に手をかける。
誰もが思った。
『デュークたち最強種を自国の防衛に当て、グレンデルを瞬殺してもらうしかない』と。
しかし。
太郎は少しの間、沈黙し……顔を上げた。
「……デューク、フェリル、フレア」
太郎は彼らを真っ直ぐに見つめた。
「君達は……グランディス王国の方に行ってくれないか?」
その場にいた全員が、耳を疑った。
「えぇッ!?」
フレアが素っ頓狂な声を上げた。
「で、でも旦那様! 自国に10万の軍勢が迫っていますのよ!? 旦那様の国が滅んでしまいますわ!」
「そうだよご主人! ヤバイんじゃないの!?」
フェリルも尻尾を下げて抗議する。
「僕たちがいなくて、誰があの筋肉ダルマ(グレンデル)を止めるのさ!」
当然の反応だ。自国が攻められているのに、他国へ最強戦力を送るなど、狂気の沙汰である。
だが、太郎の瞳は揺るがなかった。
「……僕は、アルフレッド王に手紙で約束したんだ。『魔王が行ったら、君達を送る』って」
「約束……?」
「それに、こっちにはサリーも、ライザも、ヒブネも、ヴァルキュリアもいる。そして何より、マルスと職人たちが必死で作ってくれた『新兵器』がある。……僕たちなら、守れる」
太郎は拳を握った。
「でも、グランディスには対抗策がない。今、君達が行かなければ、あの国の人たちは全員死んでしまう。……見殺しにはできない」
太郎はデュークを見た。
「頼むよ、デューク。力を貸してくれ」
デュークは、太郎の瞳をじっと見つめ返した。
そこにあるのは、自己保身ではなく、顔も知らぬ他国の民を想う「王としての責任」と、仲間への「絶対的な信頼」。
やがて、デュークはフッと笑った。
「ククク……。貴様という男は、本当に大馬鹿者だな」
「デューク……」
「だが……それが、主の言っていた『月を見ながら皆で騒ぐ世界』に繋がる道か」
デュークはマントを翻した。
「良かろう。その甘っちょろくも壮大な野望、この我等が支えてやろうではないか」
「デューク様!?」
「行くぞ、フェリル、フレア! 我等は海を渡り、雑魚を掃除する! 主はここで、我等が帰る場所を守り抜け!」
「……もう、仕方ないわねぇ。旦那様の頼みですもの!」
フレアが苦笑しながら、不死鳥の翼を広げる。
「へいへい! 分かったよ! 帰ったら牛丼大盛りだからね!」
フェリルもやる気を出した。
「ありがとう……! デューク、フレア、フェリル!」
「フン。死ぬでないぞ、主よ」
ズドォォォォォン!!
三柱の最強種は、音速の壁を突破し、遥か彼方のルナアシア大陸へと飛び立った。
残された太郎は、すぐに表情を引き締め、振り返った。
「よし! 僕たちはグレンデルを迎え撃つ! 総員、戦闘配備! 新兵器『魔導カノン』と『バリスタ』を城壁へ! 太郎国の底力を見せてやるぞ!!」
「「「オオオオオオッ!!!」」」
二つの大陸を股にかけた、世界最大の防衛戦が始まろうとしていた。




