EP 3
竜王とパンの耳、そして魔法の揚げ菓子
ある晴れた日の昼下がり。
太郎一行は、食への探求心――否、単なる空腹を満たすため、城下町の大通りを歩いていた。
「よし、今日は先日デュークが見つけたという、濃厚味噌ラーメンの店を攻めるぞ!」
太郎が拳を握りしめて宣言する。
「ふん。主よ、我の舌に間違いはない。あの店の味噌は、数種類の穀物を発酵させたコク深いもの……きっと貴様も満足するであろう」
隣を歩く竜王デュークが、腕を組みながら自信満々に鼻を鳴らす。
「へー、味噌かー。豚骨もいいけど、たまには良いかもね! チャーシュー麺にしちゃおっと!」
狼王フェリルは、尻尾をブンブンと振って既に口元が緩んでいる。
「味噌ラーメン……その地方独自の『醤』を用いた汁物料理、ということですね。大豆の発酵食品をベースにしたスープ……調理法、興味深いですわ」
メイドのサクヤもまた、料理人としての探究心を目に宿していた。
四者四様、ラーメンへの期待に胸を膨らませていた、その時だった。
『ガンガンガン! アタマガガン!』
どこからか、一度聞いたら脳裏に焼き付いて離れない、妙に力強い――しかし音程がどこか不安定な歌声が聞こえてきた。
「……ん?」
声のする方を見ると、広場の隅。
昨日と同じ「みかん箱」の上で、人魚姫リリーナが手作りのマイク(木の棒)を握りしめ、熱唱していた。
『いまだ必殺ビィィィーム! コウ・セイ・ザイ!!』
『ガンガンガン! アタマガガン!』
『フツカヨイには 今だ必殺! ズル・ヤ・ス・ミ!!』
歌詞の内容が、妙に世知辛い。
しかし、彼女の表情は真剣そのものだ。観客は……昨日より、ほんの少しだけ増えているだろうか。野良犬が一匹増えた程度かもしれない。
だが、その最前列で、一人の男が光る棒(サイリウムの代わりの魔法具)を振り回していた。
「ウオオオオ!! リリーナ! リリーナちゃーん! 今日も可愛いぞぉぉぉ!!」
ギルドマスター、ヴォルフである。
「お義父さん……本当に、懲りない人だな……いや、ある意味、一途なのか……?」
太郎は遠い目をした。娘が見たら泣くか斬るか、どちらかだろう。
「む? 主よ、あれは一体何なのだ? あの人間の娘は奇妙な歌を歌い、あの男は奇妙な踊りを踊っておるが……豊作を祈る儀式か何かか?」
デュークが本気で不思議そうに首を傾げた。
歌い終えたリリーナが、太郎たちの姿に気づいた。
「あ! 太郎様! 皆様! 見ていてくださったのですね!」
彼女はみかん箱から飛び降りると、パァッと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
そして、太郎の前に立つと、深々と頭を下げた。
「太郎様! 先日は、わたくしの故郷、シーラン国を救っていただき、本当に、本当にありがとうございました! あの時、助けていただいたのは、デューク様や皆様のお力あってこそと伺いました!」
リリーナは瞳を潤ませながら、懐から布に包まれた「何か」を取り出した。
「……これは、わたくしからの、ほんの、ほんのささやかな感謝の気持ちです! どうか、お受け取りください!」
彼女が大切そうに差し出したもの。
それは、数枚の、乾燥して少し反り返った――『パンの耳』だった。
おそらく、近所のパン屋で譲ってもらい、今日の自分の食事にするはずだった虎の子の食料だ。
「パ、パンの耳……!?」
その、あまりにも質素で、しかし彼女の精一杯の真心がこもった贈り物に、太郎は絶句した。
(そ、そうか……! 彼女、アイドル活動で少しは稼げるようになったとはいえ、まだまだ生活は極貧なんだ……! そんな中で、自分の命綱である食べ物を、僕たちへの感謝の印として……!)
太郎の胸に、熱いものが込み上げる。
だが、ここで自分が受け取ってしまっては、彼女の今日の夕飯がなくなってしまう。かといって断れば、彼女の好意を踏みにじることになる。
太郎は脳をフル回転させた。
(僕が貰うより、もっとインパクトのある相手に渡したほうが、彼女も満足するはずだ。そして、後で何倍にもして返してあげよう!)
「い、いやいや、リリーナ! 君の気持ちは、すごく嬉しいよ! ありがとう!」
太郎は笑顔で彼女の手を押し戻した。
「でも、シーラン国を直接救ったのは、僕じゃなくて、こっちの二人なんだ! 実際に戦ったのは彼らだからね。だから、この大切なパンの耳は、彼らにこそ受け取ってもらうべきだよ! なあ、デューク、フェリル!」
太郎はバチコーンとウィンクを飛ばした。(デュークとフェリルには全く伝わっていないが!)
「「なっ!?」」
突然話を振られた二柱の最強種は、驚愕に固まった。
「な、何を言うか、主よ! 我が、このような……!」
(我は美食家ぞ!? 乾燥したパンの端切れなど食えるか!)
「ちょっ!? ご主人、ひどいよ! 僕たちはこれからラーメンを……!」
(お腹すいてるのに、カサカサのパンなんてやだよ!)
しかし、そんな二人の心の叫びも虚しく、純粋無垢なリリーナは満面の笑みを向けた。
「そうだったのですね! では、デューク様、フェリル様! どうぞ!」
彼女はキラキラした瞳で、パンの耳を二人に押し付けた。
断れない。
世界を滅ぼす力を持つ竜王も、絶対零度の狼王も、この「純粋な善意」の前には無力だった。
「う、うむ……。こ、これは、実に……美味しそう、だな……(棒読み)」
デュークは引きつった笑顔で、震える手で受け取った。
「う、うん……。あ、ありがとう……リリーナちゃん……(目が泳いでいる)」
フェリルも耳をペタンと下げて受け取るしかなかった。
「では、わたくし、もう少し歌ってきますね! まだノルマがありますので!」
リリーナは満足そうに、再びみかん箱ステージへと戻っていった。
残されたのは、太郎、サクヤ、そして……パンの耳を手に、途方に暮れる神話級の二人。
「おい、主よ! どうしてくれるのだ、これは!?」
リリーナが見えなくなった瞬間、デュークが太郎に詰め寄った。
「我はラーメンを食べに来たのだぞ!? この、硬いパンの切れ端ではない! 捨てればバチが当たりそうだし、どう処理すればよいのだ!」
「全くだよ、ご主人! 僕たちのラーメンはどうなるのさ! こんなの、おやつにもならないよ!」
フェリルも不満爆発だ。
「ま、まあまあ、二人とも落ち着けって!」
太郎は苦笑しながら二人をなだめた。
「大丈夫、そのパンの耳だって、ちゃーんと美味しくする方法があるんだからさ。ほら、この世界の揚げ菓子みたいに、砂糖をまぶして、カリッと揚げれば、きっと最高のおやつになるぞ?」
「ほう……砂糖をまぶして揚げる、ですか?」
サクヤが顎に手を当てて反応した。
「確かに。油で揚げることで食感も良くなり、砂糖の甘みと油のコクが加われば……パンの耳特有のパサつきも気にならなくなりますわね。むしろ香ばしさが引き立つかと」
「であろう?」
太郎はサクヤの助け舟を得て、胸を張った。
「だから、まあ、今日のところはそれで我慢してくれよ。ラーメンはこれから行くんだからさ、それは夜のお楽しみってことで!」
「………仕方ない……。主とサクヤがそこまで言うのであれば……」
デュークはパンの耳を懐(亜空間)にしまった。
「ちぇー。まあ、お菓子になるなら、いっか……」
フェリルもしぶしぶ納得した。
こうして一行は、気を取り直して味噌ラーメン店へ向かい、濃厚な一杯を堪能して帰城した。
そして、その夜。
タロウ城のリビングには、甘く香ばしい、幸せな匂いが漂っていた。
「お待たせいたしました」
サクヤが大皿を持って現れる。
そこには、黄金色に輝く山盛りの揚げ菓子が乗っていた。
パンの耳を一口サイズに切り、高温の油でサッと揚げ、たっぷりの砂糖をまぶした一品。
「おお! これがあのパンの耳か!」
「見た目は結構、美味しそうだね!」
デュークとフェリルが興味津々で手を伸ばす。
カリッ、サクッ。
軽快な音が響いた。
「「!!!!!」」
二人の目が、驚きで見開かれる。
「な、なんだこれは!?」
デュークが声を上げた。
「硬かったはずのパンの耳が、カリッとして、サクッとして、中はほんのり柔らかい! そして、この表面の砂糖の甘さと、揚げたパンの香ばしさが、絶妙にマッチしておるではないか!」
「美味しいぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
フェリルが叫んだ。
「甘くて、カリカリしてて、止まらない! これ、高級なクッキーより好きかも! 僕、いくらでも食べられるよ!」
フェリルの尻尾が高速回転し、次々と揚げパンを口に放り込んでいく。
「ふふ、良かったですね。皆さんも、どうぞ?」
サクヤが勧めると、太郎も、ライザも、サリーも、ヒブネも、皆でテーブルを囲んだ。
「うん! これ、結構いけるな! 懐かしい味だ」
太郎も一つ摘んで笑みをこぼす。
「美味しいですわね。紅茶に合いますわ」
「おやつにぴったりだ」
リリーナの貧しさと真心が生んだ「パンの耳」は、サクヤの技術と太郎の知恵によって、最強種たちをも唸らせる「最高のおやつ」へと生まれ変わった。
「主よ! これ、おかわりはないのか!?」
「もっと食べたいー!」
「はいはい、明日またリリーナの所へ行って、今度はちゃんとした食材と交換してもらいましょうね」
カリカリという音と笑い声が、夜更けまで城に響き渡った。
それは、どんな財宝よりも価値のある、温かな団欒のひとときだった。




