EP 2
海を越えた戦慄 ~グランディス王国の悪夢~
【ルナアシア大陸・グランディス王国 王宮】
重厚な石造りの「謁見の間」は、葬式のような静寂と、冷や汗の匂いに満ちていた。
玉座に座る国王アルフレッドは、震える手でこめかみを揉みながら、目の前に跪く大臣を見下ろした。
「……もう一度、報告を聞こうか。大臣よ」
アルフレッドの声は掠れていた。
信じたくない。いや、信じられるはずがない。そんなデタラメな国が存在するなど。
「ハッ! ご報告致します……」
大臣もまた、顔面蒼白で羊皮紙を持つ手を震わせていた。
「マンルシア大陸に突如として現れた新興国家『太郎国』についてですが……調査団からの最終報告書になります」
大臣はゴクリと唾を飲み込み、その悪夢のようなスペックを読み上げ始めた。
「まず、基礎となる軍事力ですが……極めて練度が高い騎士団、魔法兵団、僧侶兵団を有しており、兵士一人一人が、我が国で言う『A級冒険者』以上の実力を持っているとの事です」
「そ、そんなにか……」
アルフレッドが絶句する。
A級冒険者といえば、一騎当千の英雄クラスだ。それが「一般兵」として配備されている? どこの神話の軍隊だ。
「更に特筆すべきは、同国が独自開発した**『必殺の矢』**なる兵器です。これは、一般の弓兵に配備されているものですが、着弾と同時に岩石を粉砕し、数十メートルの爆炎を巻き起こす威力があります」
「な、何だと……? 弓兵の一斉射撃が、広域魔法並みの破壊力を持つと言うのか?」
「そ、そればかりか……」
大臣は声を震わせた。
「その『必殺の矢』の大型化にも成功した模様で、城壁すら一撃で粉砕する『バリスタ』や『大砲』として実戦配備されているとの情報も……」
「そ、そんな馬鹿な事が有るか!? それでは戦争にならんぞ!」
アルフレッドが玉座の肘掛けを叩く。防衛など不可能だ。
「しかし、真の脅威は兵器ではありません」
大臣はページをめくった。そこに書かれた内容は、もはや狂気の沙汰だった。
「国王である『太郎王』。彼は、先の戦いで魔王ヴァルスをも単独で葬った神造兵器『雷霆』を所有。さらに、特殊なスキルにより、食料、資材、建築材などを『ほぼ無限』とも言える規模で補給可能との事です」
「あ、悪夢を見ているようだ……」
アルフレッドは頭を抱えた。
戦争の要は兵站だ。補給が無限? つまり、永久に戦い続けられる不死身の軍隊ではないか。
「そ、それと同盟関係も盤石です。陸には魔法に長けたエルフ族。そして海には……」
「まさか」
「はい。海中軍事国家シーランと同盟を結んでおります。いざとなれば、海龍リヴァイアサン級の戦力で、大陸間の海路を完全に封鎖可能です」
「そ、そんな……。それでは我が国は、手も足も出ずに干上がってしまう……」
経済封鎖、海上封鎖、そして陸からの圧倒的侵攻。
詰んでいる。どうシミュレーションしても勝てるビジョンが見えない。
だが、大臣の報告はこれで終わりではなかった。
彼は最後に、震える声で最も信じがたい事実を口にした。
「極めつけは……同国の城に常駐している『客将』達です」
大臣は震える指で、報告書の末尾を指した。
「破壊の化身『竜王デューク』。
絶対零度の王『狼王フェンリル』。
再生と炎の象徴『不死鳥フレア』。
……これら三柱の最強種を飼い慣らし、あまつさえ天界の守護者である『天使族・神兵騎士団長』さえも手中に納め、下女として使役しているとか……」
シーン……。
謁見の間に、絶望的な沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
それは、国ではない。
地上に顕現した「世界の終わり」そのものだ。
「き、極めて異常事態だ……ッ!!」
アルフレッドが悲鳴のように叫んだ。
「いつそのデタラメな戦力が、我が国に牙を向くか分からん! いや、向かれた瞬間、我々は地図から消滅する!」
「国王陛下! 如何致しましょう!?」
「ルナアシア大陸の諸国に緊急伝令を出せ! グランディス、ミルト、バルド……全ての王を招集しろ!」
アルフレッドは立ち上がり、血走った目で叫んだ。
「『対・太郎国連合』を結成し、早急に対応策を協議せねばならん! 人類存亡の危機だぞ!!」
「ハハッー!! 直ちに!!」
大臣が転がるように部屋を出て行く。
アルフレッドは玉座に崩れ落ち、ガタガタと震えた。
(太郎王……一体どれほど残忍で、冷酷無比な支配者なのだ……!)
一方その頃。
恐れられている当の本人は、
「あ、サクヤ。今日の夕飯、オムライス大盛りでいい?」
「はい、太郎様♡」
と、のんきにケチャップでハートを描いてもらっている最中であった。
世界を巻き込む、壮大な「勘違い戦争」の足音が近づいていた。




