第四章 新たな秩序
新たな秩序
【魔族国・ワイズ皇国 首都デスピア】
常に紫色の雲に覆われ、太陽の光が届かぬ闇の都。
その中心にそびえ立つ魔王城の最奥「玉座の間」は、氷のような冷気に包まれていた。
「…………」
重苦しい静寂の中、魔族幹部デデリデは、冷や汗で石床を濡らしながら平伏していた。
顔面は蒼白。体の震えが止まらない。
彼が見上げる先、漆黒の玉座には、一人の女性が足を組んで座っていた。
魔族女王ラスティア。
流れるような銀髪に、血のように紅い瞳。その美貌は見る者を魅了し、同時に凍りつかせる絶対零度の威圧感を放っていた。
「それで? デデリデ」
ラスティアが、退屈そうに自分の爪を眺めながら口を開いた。
「貴方は私の許可も無く、勝手に軍を動かし、エルフの里とシーラン国へ侵攻。あまつさえ、ベリアルとオクトパスという貴重な将軍二人と、一個師団を全滅させた……。そういうことで間違いなくて?」
鈴を転がすような美しい声だが、そこには明確な殺意が混じっていた。
「も、申し訳有りませぬ!!」
デデリデは額を床に擦り付けた。
「ラスティア様! エルフの里もシーランも思ったより手強く……それに『勇者太郎』なる規格外の人間が現れまして……! 我々の想定を遥かに超える反撃を受けたのです!」
「言い訳は聞き飽きましたわ」
ラスティアが冷たく遮る。
「し、しかし! 成果はございます! ご覧ください!」
デデリデは懐から、禍々しい光を放つ水晶を取り出した。
そこには、戦場で散った無数の魂が封じ込められている。
「魂は集めました! これだけの量があれば……封印されし古の王、『魔王ヴァルス』様と『魔王グレンデル』様の復活は万全です!!」
デデリデは狂喜乱舞して叫んだ。これさえあれば女王も喜ぶはずだ、と。
だが、ラスティアの反応は冷淡そのものだった。
「はぁ……」
彼女は長く、深い溜息をついた。
「魔王? ヴァルスやグレンデルが何だと言うのかしら? あれはただの、破壊しか頭に無い『獣』ですわ」
「なっ……!?」
「あのような旧式兵器に頼るから、貴方達はいつまでも『世界制覇』等と、カビの生えた阿呆な夢を見ているのです」
デデリデは耳を疑った。
「ラ、ラスティア様!? それはどう言う事でしょうか? 魔王復活こそ我等の悲願では……」
ラスティアは玉座から立ち上がり、カツ、カツ、とヒールの音を響かせてデデリデの前に立った。
「よくお聞きなさい、化石よ」
彼女はデデリデを見下し、淡々と告げた。
「力で支配する時代は終わったと言う事です。破壊して、殺して、焼け野原を作って……その先に何があります? 統治する民もいない、資源もない土地を手に入れて、何が楽しいのです?」
「そ、それは……」
「今のワイズに必要なのは、筋肉ではありません。『知略』、『政治』、そして『経済』です。他国と交渉し、技術を吸い上げ、貿易によって利益をデスピアに持ち込み、文化的に侵略する……それこそが真の支配」
ラスティアの瞳に、知性の光が宿る。
「人間を利用し、富を搾取し、我々魔族が優雅に暮らすシステムを構築する優秀な『参謀』こそが必要なのです。……まぁ、貴方みたいな『魔王復活バンザイ』しか言えない脳筋に話しても、馬の耳に念仏でしょうけど」
「お、恐れながら申し上げます!!」
デデリデは恐怖を押し殺して反論した。彼のアイデンティティが崩壊してしまうからだ。
「魔王復活し! その圧倒的な力で人間達を根絶やしにし! 世界を我が魔族の物にするのは、我等魔族の誇りであり悲願!! 知略などというまどろっこしい手段など不要ッ!!」
ラスティアは呆れ果てたように肩をすくめた。
これ以上、言葉を交わすだけ時間の無駄だ。
「はぁ……。好きになさい、時代遅れ達よ」
彼女は興味を失ったように、玉座へと戻った。
「勝手に復活させればいいでしょう。ただし、飼い犬(魔王)が暴れて私の計画を邪魔するようなら、私が処分します。……下がってよし」
「は、ハハッー!! 寛大なご処置、感謝いたします! ワイズ皇国に栄光あれ!!」
デデリデは処刑されなかったことに安堵し、逃げるように部屋を退出していった。
「(ククク……ラスティア様は腑抜けたか。だがいい、魔王様さえ復活すれば、俺の天下だ!)」
そんな浅はかな野心を抱きながら。
一人残されたラスティアは、重厚な玉座に体を預け、こめかみを揉んだ。
「全く……どいつもこいつも筋肉ダルマばかり。胃が痛くなるわ」
彼女は虚空を見つめ、ふと表情を緩めた。
女王の仮面を外し、等身大の女性の顔になる。
「私は私で、新しい秩序を築くわ。……その前に」
彼女は指先で宙にウィンドウを描き、通信魔法の準備を始めた。
宛先は、天界の女神ルチアナだ。
「ルチアナから、新作の化粧水を融通して貰わないと。あの子、また『太郎ウォッチング』で忙しいとか言って捕まらないのよね……。あぁ、ストレスでお肌が荒れるわ」
力による破壊を目論む旧勢力。
知による支配を目論む新女王。
そして、その女王と裏で繋がっている(飲み友達の)女神。
一枚岩ではない魔族の動きが、太郎たちの運命に新たな波乱をもたらそうとしていた。




