EP 49
女王の覚悟、海神の咆哮
【エルフの里・長老宅】
戦いの熱が冷めやらぬ中、太郎たちは半壊した長老の屋敷に通されていた。
窓の外では、サリーとサクヤが負傷者の手当てに奔走し、ヴァルキュリアが瓦礫の撤去を手伝っている。
「誠に、誠に此度はありがとうございます、太郎王……」
白い髭を蓄えたエルフの長老が、震える手で太郎の手を握りしめた。
「貴方様と、その配下の方々の獅子奮迅の働きが無ければ、今頃我等は全滅しておりました。エルフの民一同、心より感謝致しております」
「頭を上げてください、長老」
太郎は、長老の手を優しく包み返したが、その表情は沈痛だった。
「礼を言われる資格なんて、僕にはありません。……僕が、太郎国が貴方達を守ると言っておきながら、こんな危険な目に合わせてしまった。僕の警戒が足りなかったせいです。深くお詫び致します」
太郎は深々と頭を下げた。
同盟国を守るための駐留軍を置いていたとはいえ、敵の規模を見誤っていた自分の責任だと感じていたのだ。
「そんな……太郎王のせいなどでは……」
その空気を変えるように、治療を終えて戻ってきたサリーが口を開いた。
「しかし、解せませんわ。何故、執拗にエルフの方たちを襲ったのでしょうか? 略奪にしては、民をさらうような動きも見受けられました」
「……また、魔王復活の為に?」
ライザが剣を拭きながら推測する。
「あぁ。恐らくな」
太郎は北の空――先ほど消滅させた魔将軍がいた場所を睨んだ。
「奴は『目的は達した』と言っていた。つまり、何かを手に入れたか、あるいは『陽動』か……。どちらにせよ、嫌な予感がする」
太郎の視線は、南へ――デュークたちが向かった海の方角へと向けられた。
「頼むぞ、デューク……」
【南海・海底国家シーラン国】
同時刻。
美しい珊瑚と真珠で彩られた海底都市は、鮮血と濁流にまみれていた。
ズドドドォォォォン!!
水中での爆発音が、重く身体に響く。
都市を覆う巨大なドーム状の結界の外には、おびただしい数の半魚人の魔族(サハギンやマーマンの変異種)が群がっていた。
「怯むな! シーランの誇りにかけて、魔族共を討ち倒せ!」
都市の防衛ライン。
その先頭に立ち、トライデント(三叉の槍)を振るうのは、シーラン国女王リリカーナだ。
リリーナの母である彼女は、娘のような可憐さを残しつつも、一国の王としての威厳と覇気を纏っていた。
「オオオオオッ!!」
魚人兵たちが槍を構え、結界の裂け目から侵入してくる魔族を必死に押し留める。
しかし、敵の指揮官である魔族幹部――蛸の足を持つ魔人オクトパス将軍は、余裕の笑みを浮かべていた。
「ギャハハ! 粘るなぁ! だが、所詮は魚の餌だ!」
彼は触手を振り上げた。
「シーランなど、女王が居なければ雑兵の集まりに過ぎん! 今こそアレを出せ! **大魔獣『アノマノカリウス』**を解き放て!!」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
海底の砂煙を巻き上げ、巨大な影が現れた。
それは、太古の海に君臨した捕食者の姿。
全長100メートルを超える、甲殻と触手に覆われた化け物エビ――大魔獣アノマノカリウスだ。
「ギシシシシシ……!!」
アノマノカリウスは、その巨大な触手で魚人兵たちを鷲掴みにした。
「うわぁぁぁぁ!?」
「たすけ……ガブッ!!」
鋭利な円形の口が、兵士たちを鎧ごと噛み砕き、飲み込んでいく。
「なっ……! 私の兵達を!?」
リリカーナが悲痛な叫びを上げる。
「あんな化け物、槍など通じません!」
戦線が崩壊する。
このままでは、背後にいる民たちも、リリーナの友達も、全て食い尽くされる。
「くっ! おのれ魔族共……!!」
リリカーナは決断した。
彼女の瞳が、蒼く、深海のような色に輝き始める。
「シーランの王族に流れる『古の血』よ! 今こそ目覚めなさい!」
彼女の身体が眩い光に包まれた。
人魚の尾ひれが巨大化し、硬質な蒼鱗に覆われていく。
背中からは巨大なヒレが生え、美しい顔は、神々しくも恐ろしい龍のそれへと変貌する。
グオォォォォォォォォォォッ!!
光が弾けると、そこには優雅な人魚ではなく、全長50メートルを超える巨大な海竜――**『リヴァイアサン』**が顕現していた。
「な、なんだと!? 人魚族が海竜に変化しただと!?」
オクトパス将軍が目を剥く。
『我が国を……汚す者は、海の藻屑となりなさい!!』
リリカーナ(リヴァイアサン)の声が、テレパシーとして海中に響き渡る。
彼女は水を高圧で圧縮し、口元に集束させた。
『ハイドロ・ブレス!!』
ズドォォォォォォン!!
超高圧の水流ビームが、アノマノカリウスの甲殻を直撃する。
巨大怪獣vs海竜。
海中を揺るがす頂上決戦が始まった。




