EP 48
神速の聖槍と、怒れる雷竜の鉄槌
【エルフの里・中央広場】
「グルルァァァ!!」
二体目のケルベロスが、ヴァルキュリアに食らいついた。
三つの顎が神盾『シュテル』を噛み砕こうと軋みを上げる。
「くっ……! 離れなさい!」
ヴァルキュリアが盾で押し返そうとするが、巨体の重量に動きを封じられる。
それを見た魔将軍ベリアルが、卑劣な笑みを浮かべた。
「ギャハハハ! 今だ! やれい!」
彼は躊躇なく命令を下した。味方ごと焼き払え、と。
「おい、そっちのケルベロス! 味方ごと燃やし尽くせ!」
ズゴォォォォォォ!!
背後にいた三体目のケルベロスが、仲間が抑え込んでいるヴァルキュリア目掛けて、最大火力の火炎放射を放った。
「なっ……味方を巻き込むつもりですか!?」
「ぐうううッ!?」
盾の隙間から熱波が入り込む。ケルベロスの巨体ごと焼かれる灼熱地獄。
ヴァルキュリアの黄金の鎧が赤熱し、悲鳴が漏れる。
「ギャハハハ! 天使族ともあろう者が、犬のエサになって焼かれるとは情けないな! ギャハハハ!」
ベリアルが高笑いする。
だが、その笑いは一瞬で凍りついた。
「――そこまでですわ!」
一陣の風。いや、刃の暴風が駆け抜けた。
「剣技! 『闘牙斬り(とうがぎり)』!!」
ライザだ。
彼女は炎の海を恐れず飛び込み、『竜殺しの魔剣』に全身全霊の闘気を乗せた。
その斬撃は牙のように鋭く、ヴァルキュリアに噛み付いていたケルベロスを一刀両断にした。
「ギャ……!?」
ケルベロスが左右に別れ、崩れ落ちる。
「何!?」
ベリアルが驚愕する間もなく、今度は気温が急降下した。
「氷よ、かの者に絶対なる氷河を! 『ブリザード』!!」
サリーが杖を突き出す。
極低温の猛吹雪が、火炎を吐いていた三体目のケルベロスを包み込んだ。
パキパキパキィッ!!
燃え盛る炎ごと凍結し、巨獣は一瞬にして巨大な氷像へと変わった。
「助かりました! お二人共!」
「ヴァルキュリアさん! 反撃を!」
ヴァルキュリアは自由になった体で、一気に上空へと舞い上がった。
「えぇ……よくもやってくれましたね!」
彼女は飛行しながら自己回復魔法を展開し、火傷を癒やす。
そして、その瞳には慈悲なき断罪の光が宿っていた。
「神槍グラニよ、我が怒りを糧に輝け!」
彼女は神槍にありったけの神気を注ぎ込んだ。
切っ先が太陽のように輝き、周囲の空間を震わせる。
「はぁぁぁぁッ!!」
ヴァルキュリアは音速を超え、光の矢となって急降下した。
狙うは、凍結したケルベロス。
「『ホーリー・ランス』!!」
ズドォォォォォォン!!
黄金の閃光が氷像を貫いた。
氷と肉片がダイヤモンドダストのように砕け散り、跡形もなく消滅する。
「ひ、ひいいッ!?」
配下の最強魔獣たちが、一瞬で全滅した。
ベリアルの顔が恐怖で引きつる。
「ば、馬鹿な……人間と天使がこれほどとは……!」
彼は後ずさり、懐から通信用の水晶を取り出した。
「くそっ! だが、も、目的は達した! ここは撤退だ! 全軍、引け! 引けぇぇ!」
ベリアルは転移魔法の準備をしながら、残った雑魚魔族たちを盾にして逃げようとする。
「目的……?」
その言葉を、太郎は聞き逃さなかった。
彼は屋根の上から戦場を見下ろしていた。
里は半壊し、多くのエルフが傷ついている。
「どんな目的か知らないが……」
太郎の手の中で、『真・雷霆』がどす黒く脈動した。
いつもの黄金の光ではない。主の静かな、しかし沸騰するような激怒を感じ取り、禍々しいほどの紅黒い(あかぐろい)輝きを放ち始めた。
バリバリバリバリ……!!
太郎の周囲に、黒い稲妻が舞う。
「僕の友を、民達を傷付ける奴は……逃がさない。僕は許さない!」
太郎は弓を引き絞った。
空間が悲鳴を上げるほどのエネルギー収束。
「ひっ!? な、なんだあの魔力は!?」
ベリアルが空を見上げ、絶望した。
「必殺! 『雷霆雷竜の一矢・滅』!!」
ギュオォォォォォン!!
放たれた矢は、即座に巨大な雷の竜へと変貌した。
だが、今回の竜は紅黒い。破壊と殺意の化身だ。
「い、いやだぁぁぁ!!」
「喰らい尽くせ!!」
雷竜は咆哮を上げ、逃げ惑う魔族の軍勢、そして転移しようとしていたベリアルを飲み込んだ。
ドガガガガガアアアアアアアアアアンンッ!!!!
視界が真っ白に染まる。
音すら置き去りにする衝撃波。
エルフの里の外縁部、魔族たちが集結していた一帯が、光の柱の中に消えた。
数秒後。
爆風が収まると、そこには直径数百メートルに及ぶ巨大なクレーターだけが残されていた。
魔族の死体などない。塵一つ残っていないのだ。
「…………」
圧倒的な破壊の跡を見て、ヒブネやエルフたちが呆然と立ち尽くす中、太郎は静かに弓を下ろした。
だが、彼の目にはまだ警戒の色が残っていた。
「『目的は達した』……か」
魔族は何をしに来たのか。
そして、シーラン国に向かったデュークたちはどうなっているのか。
勝利の余韻に浸る間もなく、次なる不安が太郎の胸をよぎっていた。




