EP 44
燃えよ乙女! 儚き宝石と不死鳥の悲劇
ある晴れた日の午後。
フレアは鏡の前でポーズを取りながら、一人ごちていた。
「全く……。料理だ、掃除だと、所帯じみたことで競うのは私の性に合いませんわ。あの小娘達やメイドに勝って旦那様のハートを射止めるには……やはり、圧倒的な『美しさ』こそが正義♡」
彼女はバサリと髪をかき上げた。
不死鳥としての神々しい美貌。これを使わない手はない。
「見てらっしゃい。旦那様の瞳を、私だけで埋め尽くして差し上げますわ!」
【城下町・大通り】
フレアは優雅に城下町を散策した。
彼女が歩くだけで、周囲の空気が華やぐ。
「おっ、すげぇ美人だ……」
「ありゃ新妻のフレア様か? 相変わらず派手だなぁ」
街の男達は、彼女の人間離れした美貌と、溢れ出る自信に思わず振り返る。
「おほほ♡ 流石は私ですわ。視線が痛いほど刺さります」
フレアは扇子で口元を隠し、高笑いした。
「でも残念ね、一般男性諸君。私が欲しい殿方は、旦那様お一人ですわ♡」
そんな中、ふと彼女の足が止まった。
一軒の高級宝石店のショーウィンドウ。そこに飾られた輝きに目を奪われたのだ。
「まぁ……これは美しい……」
深紅のルビー、海のようなサファイア、新緑のエメラルド。
キラキラと輝く宝石たちは、フレアのナルシシズムを強烈に刺激した。
「この輝き……全ては、美しい私を彩るために存在しているようですわね」
カランコロン。
フレアは迷わず店に入った。
「いらっしゃいませ! おや、これは美人さんですな!」
揉み手をしながら現れたのは、小太りの宝石商だ。彼はフレアの着ているドレスの質と、その世間知らずそうな雰囲気を見て、即座に計算機を弾いた。
(……カモが来たで)
「お目が高い! お客人のような絶世の美女には、この最高級の宝石があれば、さらに輝きが増しまっせ!」
「おほほ、正直な方ですこと。悪い気はしませんわ」
フレアはすっかり気を良くした。
「では店主。ここからここまで、ネックレスと指輪、それにブレスレットも全部頂くわ」
「へ、へい!? 全部で!?」
「えぇ。旦那様へのアピールですもの。金に糸目はつけませんわ(※支払いはツケで城へ)」
「へい! 喜んで! こちらへどうぞ!」
(よしよし……チョロいなコイツ! 今月の売上目標達成だ!)
宝石商は満面の笑みで、フレアにジャラジャラと貴金属を着飾らせた。
首には重厚なルビーのネックレス。十本の指すべてに巨大な指輪。腕にはエメラルドの腕輪。
まるで歩く宝石箱だ。
「完璧……! これで旦那様のハートは私の物よ♡」
フレアは鏡に映る自分にうっとりしながら、ご機嫌で店を後にした。
【タロウ城・玄関ホール】
「ルンルンル~ン♪」
フレアは鼻歌交じりに城へ帰還した。
早く、一秒でも早く、この至高の美しさを太郎に見せつけたい。
「旦那様ぁ? 旦那様ぁ? 美しいフレアが帰って来ましたよぉ♡」
ホールに甘い声を響かせる。
しかし、出迎えたのはエプロン姿のサクヤだけだった。
「あら、お帰りなさいませフレア様。……随分とまた、煌びやかな格好で」
サクヤは冷静に、成金趣味全開のフレアを見つめた。
「おほほ! 美しいでしょう? ところで旦那様は? リビングかしら?」
「いいえ。太郎様でしたら、先ほど出かけられましたよ」
サクヤは淡々と告げた。
「ヒブネさん(エルフの美女)からお誘いがあって、森へゴブリン討伐に行かれましたが」
「えぇッ!?」
フレアの笑顔が凍りついた。
「ヒ、ヒブネですって!? あのスタイル抜群の槍使いと!? しかも森の中へ二人きりで!?」
「えぇ。お弁当を持って楽しそうに……」
「キーーーッ!! 許せませんわ!!」
嫉妬の炎が燃え上がる。
今すぐに追いかけなければ。森の中でいい雰囲気になんてさせない!
「えぇい! 森なんて歩いていたら日が暮れてしまいますわ! 今すぐ飛んで行きます!」
「あ、フレア様、お待ちを。その格好で……」
サクヤが止めようとしたが、遅かった。
「待っていらっしゃい旦那様ーーッ!!」
フレアの体が光に包まれた。
彼女は人間の姿を捨て、本来の姿――**伝説の不死鳥**へと変身した。
ボオォォォォォォッ!!!
全身から、数千度を超える紅蓮の炎が噴き出す。
それは鉄をも溶かし、岩をも砕く神聖なる浄化の炎。
当然、彼女が身につけていた「この世の物質」が耐えられるはずもなかった。
ジュッ……トロロロ……
「え?」
飛び立とうとしたフレアは、妙な感覚に気づいた。
首元や指先が、急に軽くなったのだ。
見ると、最高級のルビーのネックレスは一瞬で蒸発し、金の台座はドロドロに溶けた液体となって、床にポタポタと落ちていた。
サファイアも、エメラルドも、熱衝撃で粉々に砕け散り、灰となって消えていく。
総額数億ゴールドの輝きが、ものの数秒で、ただの金属スラグ(燃えカス)へと変わった。
「な……!?」
フレアは不死鳥の姿のまま、呆然と床を見つめた。
「そ、そ、そんなぁぁぁぁぁッ!?!?」
悲痛な絶叫が城内に響き渡る。
私のルビーが! 旦那様へのアピールポイントが!
全部自分で燃やしてしまった。
「あーあ……」
サクヤは床にこびりついた金の塊を見て、ため息をついた。
「申し上げようと思いましたのに。……床の掃除、お願いしますね?」
その日、森から帰ってきた太郎が見たのは、人間の姿に戻り、煤だらけの顔で床を雑巾がけしながら泣いている、世界一残念な美少女の姿だったという。




