EP 43
月下の宴と、矮小で壮大な野望
【ラーメン祭り会場・夕暮れ】
「へい! お待ち!」
最後の一杯が客の手に渡った瞬間、太郎は両手を突き上げた。
「か、完売だあああ!!」
その叫びは、勝利の雄叫びのように会場に響き渡った。
用意した数千食の麺とスープ、全てが客の胃袋へと消えたのだ。
「はぁ、はぁ……。疲れたが、心地良い……」
デュークが中華鍋を置き、額の汗を拭う。その顔には、邪神を倒した時以上の達成感があった。
「やりましたね! 一滴も残っていませんわ!」
サクヤも輝くような笑顔を見せる。
「頑張ったもんね! 僕、もうお腹ペコペコだよ!」
フェリルがへたり込む。
そして、太郎は一番の功労者に向き直った。
「ヴァルキュリアも、お疲れ様! 君のおかげで店が回ったよ」
「お疲れ様です、太郎殿! ……心地よい疲労です。戦場を駆け抜けた気分です!」
黄金の鎧は煤と油で少し汚れていたが、それは勲章のように輝いていた。
「よし! 今日は宴会だ! 城に戻って打ち上げだー!」
【タロウ城・中庭】
夜風が心地よい中庭には、煌々と篝火が焚かれ、宴の準備が整っていた。
頭上には、全てを見守るような満月が浮かんでいる。
ジュウゥゥゥ……!
「さぁ、ジャンジャン焼きますよー!」
サクヤは休むことを知らない。今度は特大のバーベキューコンロで、高級肉や海鮮を豪快に焼いている。
「旦那様ぁ♡ 私が『あ~ん』して差し上げますわ!」
「ちょっとフレア! 抜け駆け禁止ですわよ!」
「太郎様! 私が剥いたエビをどうぞ!」
その横では、サリー、ライザ、フレアによる恒例の「花嫁バトルロイヤル」が繰り広げられていた。
フェリルはそれをBGMに、山盛りの肉を胃袋に放り込んでいる。
ヴァルキュリアも、リリーナを招待して楽しそうに食事をしている。
騒がしくも、温かい光景。
太郎はふと、少し離れたベンチで一人、杯を傾けている影を見つけた。
竜王デュークだ。
彼は喧騒から少し距離を置き、月を眺めていた。
太郎はボトルを手に近づいた。
「デューク」
「ん? ……主か」
太郎は持ってきたグラスに、琥珀色の液体をトクトクと注いだ。
『100円ショップスキル』で出した、ちょっと良い熟成ウィスキーだ。
「これ、飲むだろ? お疲れ様」
「ほう、気が利くな」
デュークはグラスを受け取り、香りを楽しみながら一口含んだ。
芳醇な香りが鼻を抜ける。
「……ふむ。悪くない」
少しの沈黙の後、太郎は夜空を見上げて口を開いた。
「デューク。君は前に、僕に尋ねたよな? 『この世界をどうしたいのか』って」
「あぁ。確かに聞いたな」
デュークはグラスを揺らし、氷の音を響かせた。
「貴様はあの時、覇権を握るでもなく、神になるでもなく……『皆で美味い飯が食いたい』などと、矮小で実に甘っちょろい事を言っていた」
世界の管理者たる竜王からすれば、それはあまりにもスケールの小さい答えだった。
「そうかも知れない。……でも、僕の願いは変わらないんだ」
太郎は中庭の方を振り返った。
そこには、種族も、生まれも、立場も違う者たちが、同じ火を囲んで笑い合っている。
「こうやって、月を見ながら、皆で酒を飲みながら、ワイワイ騒いでさ……」
太郎は言葉を噛みしめるように続けた。
「朝起きて、それぞれが自分のするべき道に向かって一生懸命に働いて。終わったら『疲れたね』って言い合って、皆で美味しいご飯を食べて、ワイワイと騒ぐ」
ラーメン祭りでの光景が脳裏をよぎる。
一杯のラーメンのために並び、食べた瞬間に笑顔になる人々。
働くことの尊さと、その後の休息の喜び。
「この普遍的な、当たり前の幸福(価値観)を、皆と……世界中の人達と共有したいんだ。そしたらさ、戦争とか、くだらない争いなんて無くなるんじゃないかって」
魔族も、人間も、獣人も。
美味しいものを食べて、笑い合える場所があれば、剣を交える必要なんてない。
それが、太郎の出した答えだった。
デュークは静かに太郎を見つめた。
その黄金の瞳が、太郎の魂の底まで見透かすように光る。
「…………」
やがて、デュークは口元を歪めた。嘲笑ではない。認めざるを得ないという、ニヒルな笑みだ。
「世界中の全種族に、平穏と満腹を与えると申すか。……フッ、覇道を歩むよりも遥かに困難な道だ」
力でねじ伏せるのは簡単だ。だが、心から笑わせるのは難しい。
「そうか……。それが貴様の……矮小に見えて、とてつもなく『壮大な野望』だな」
デュークはグラスを高く掲げた。
「良かろう。貴様の望み、この調停者デュークがしかと聞いたぞ。その野望が尽きるまで、付き合ってやろうではないか」
「ははは。ありがとう、デューク」
太郎も自分のグラスを掲げた。
カチンッ。
澄んだ音が、月夜に響き渡る。
それは、種族を超えた二人の男の、静かなる契約の音だった。
「さぁて! しんみりするのは終わりだ! 飲むぞデューク!」
「望むところだ! 酒を持ってこい!」
二人は笑いながら、喧騒の輪の中へと戻っていった。
夜はまだ長い。
太郎と愉快な最強種たちの物語は、この温かい月明かりの下で、まだまだ続いていくのだ。




