EP 42
六畳一間の聖騎士と、ラーメン祭り最終決戦
【城下町の宿屋・一室】
小鳥のさえずりが、重たい瞼をこじ開ける。
太郎は泥のように沈んでいた意識を、ゆっくりと浮上させた。
「ん……朝か……」
慣れない天井。少し硬いベッド。
昨日の記憶が蘇る。怒涛のラーメン祭り初日、あまりの盛況ぶりに帰城する体力すら残っておらず、全員で近くの宿屋に雪崩れ込んだのだ。
「体がバキバキだ……。湯切りって、あんなに全身運動だったっけ……」
太郎が呻きながら体を起こすと、すでに身支度を整えたサクヤがカーテンを開けていた。
「おはようございます、太郎様。よく眠れましたか?」
「あぁ、おはようサクヤ……。君は元気だなぁ」
「ふふ、皆様の寝顔を眺めていたら、疲れなど吹き飛びましたわ」
サクヤは涼しい顔で、熱いお茶を淹れてくれた。
完璧超人は、連勤でも揺るがない。
【ラーメン祭り会場】
朝の冷気が残る会場へ向かうと、そこにはすでに働く者の姿があった。
「よし! 椅子の間隔、ミリ単位で修正! 割り箸の補充完了!」
黄金の鎧をガチャガチャいわせながら、ヴァルキュリアが屋台の掃除をしていた。
テーブルを拭き上げる姿は、神殿を清める巫女のように真剣だ。
「おはよう、ヴァルキュリア。早いね」
「ッ! おはようございます! 太郎殿!」
ヴァルキュリアがビシッと敬礼する。
その顔は晴れやかで、どこか充実感に満ちていた。
「昨日は……リリーナの住んでるアパートに泊まったんだって? 狭かっただろ、あそこ」
太郎は心配そうに尋ねた。
リリーナの住処は、城下町の端にある古びた木造アパート。築〇〇年、風呂なし、トイレ共同の「6畳一間」だ。
神界の宮殿に住む騎士団長が泊まる場所ではない。
しかし、ヴァルキュリアは頬を紅潮させて言った。
「いいえ! とても素晴らしい夜でした!」
彼女は嬉しそうに報告した。
「リリーナちゃんと一緒に、スーパーで白菜と豚肉を買いまして……カセットコンロで『キムチ鍋』を作って盛り上がりました!」
「へ、へぇ……キムチ鍋か。それは温まりそうだ」
「はい! 狭い部屋で一つの鍋をつつく……あれこそが『団欒』なのですね。シメに入れたうどんの美味しさと言ったら……!」
想像してみる。
擦り切れた畳の上、ちゃぶ台を囲むアイドルと騎士。
ハフハフとキムチ鍋を食べる二人。
シュールだが、確かにそこには幸せがある。
「そうか。リリーナも喜んでたろうな。……良かったな」
「はい! 今日の活力、十分にチャージ完了です!」
ヴァルキュリアの背中から、昨日以上のやる気オーラが噴き出している。
守るべき友との絆が、彼女をさらに強くしたようだ。
【最終決戦の幕開け】
「おい、油を売っている暇はないぞ」
低い声と共に、竜王デュークと狼王フェリルが現れた。
二人は(おそらく高級ホテルで)しっかりと英気を養い、万全のコンディションだ。
「よし。今日が最終日だ。昨日の反省点を活かし、回転率をさらに上げるぞ。気合を入れろ」
「あぁ! 望むところだ!」
「任せて下さい! 仕込みの量は倍に増やしてあります!」
サクヤが包丁を光らせる。
フェリルもハチマキを締めた。
「今日は僕も配膳手伝うよ! つまみ食いは(なるべく)しない!」
太郎は大きく息を吸い込み、暖簾を掴んだ。
「よし……行くぞ!!」
「『元祖・ドラゴンラーメン』! 二日目、開店だ!!」
ドッと押し寄せる人の波。
昨日の評判を聞きつけた客たちが、長蛇の列を作っていた。
「いらっしゃいませぇッ!!」
「ドラゴン火炎担々麺お待ちッ!!」
「替え玉入ります!!」
太郎たちの、そしてヴァルキュリアの「戦い」が始まった。
「オーダー! 3番テーブル、水没(水のおかわり)! 4番テーブル、弾薬(餃子)補充!」
「イエッサー!」
ヴァルキュリアの動きは昨日より洗練されていた。
リリーナとの鍋パワーなのか、客への笑顔も自然で柔らかい。
「旨い! なんだこの店は!」
「並んだ甲斐があったぞ!」
湯気と熱気、そして「美味しい」という笑顔が溢れる屋台。
魔王討伐よりもハードで、しかし何倍も心地よい疲労感。
太郎は額の汗を拭いながら、中華鍋を振るデュークや、走り回るヴァルキュリアを見て笑った。
「……平和だなぁ」
この怒涛のラーメン祭りは、伝説の味として城下町の歴史に刻まれることになる。
そして売上の大半は、こっそりとリリーナへの「特別ボーナス」として振り込まれることを、まだ誰も知らない。




