EP 41
戦乙女、戦場を駆ける ~ラーメン祭り開戦~
【ラーメン祭り会場・『元祖・ドラゴンラーメン』前】
祭りの開始を告げる花火が、ドォンと青空に打ち上がった。
会場全体に漂う、醤油、味噌、豚骨、そしてスパイスの混ざり合った芳醇な香り。
それは食通たちにとっての狼煙だった。
「よし……スープ温度、異常なし。麺の仕込み、万全だ」
太郎はハチマキを締め直し、気合を入れた。
そこへ、パタパタと小走りで近づく影があった。
「こんにちわー!」
継ぎ接ぎだらけの衣装だが、綺麗に洗濯され、満面の笑みを浮かべたリリーナだ。
「あら、リリーナちゃん」
ヴァルキュリアが表情を和らげる。エプロン姿の黄金騎士というシュールな出で立ちだが、その眼差しは姉のように優しい。
「良く来たな! お腹空いたか? まだ開店前だけど、一杯くらいなら……」
太郎が言いかけると、リリーナは首を振った。
「ううん、違うんです! えへへ、聞いてください!」
彼女は胸を張って報告した。
「今日はラーメン祭りが開催されるにあたって、私! メインステージで前座として歌わせて貰う事になったんです!」
「まぁ、そうなの!? 良かったわねぇ!」
ヴァルキュリアが我が事のように喜ぶ。
「はい! 実行委員の人にお願いして、ノーギャラですけどチャンスを貰えました! 皆さんに私の歌を届けてきます!」
リリーナの瞳は、かつてのトップアイドルの輝きを取り戻しつつあった。
いや、どん底を知った分、その輝きはより強く、逞しいものになっている。
「ありがとうございます! ヴァルキュリア様、太郎様! じゃあ私、準備が有るので失礼します!」
「あぁ、頑張ってこいよ!」
「応援してるわ!」
リリーナは元気いっぱいに手を振り、ステージの方角へと駆けていった。
その背中を見送り、ヴァルキュリアは目頭を押さえた。
「……良い子ですわ。あの子のためにも、この店を日本一……いいえ、世界一の店にせねばなりません!」
「その意気だ、ヴァルキュリア」
太郎はパンッ! と手を叩き、全員の意識を引き締めた。
「よし! 野郎ども(と美女たち)、準備はいいか!?」
「何時でも来い! 我が火炎で客の舌を焼き尽くしてくれる!」(デューク)
「麺の茹で加減、秒単位で管理しますわ!」(サクヤ)
「お客様の誘導は私にお任せを!」(ヴァルキュリア)
太郎は暖簾を掲げた。
「『元祖・ドラゴンラーメン』! 開店だ!!」
「へい! いらっしゃいッ!!」
開店と同時に、人の波が押し寄せた。
リリーナの歌声(BGM:『月曜日の社畜』メタルver.)が遠くから響く中、屋台は瞬く間に戦場と化した。
「おい! こっちは『ドラゴン火炎担々麺』だ!」
「こっちは『不死鳥白湯』2つ!」
「餃子まだかー!?」
怒号のような注文の嵐。
しかし、この店のスタッフは「人類」の枠を超えていた。
「ご注文は? はい! ドラゴン火炎担々麺! 2丁!」
ヴァルキュリアが動いた。
シュバッ!
残像が見えるほどの高速移動。
神兵としての脚力を活かし、客席の間を縫うように駆け抜ける。
「オーダー入ります! 担々麺ツー! 餃子ワン! 戦線3番へ補給!」
「おう!! 任せろ!!」
厨房では、竜王デュークが中華鍋を振るっていた。
ゴオォォォォォッ!!
コンロの火ではない。彼自身の口から吐き出される「竜の吐息」が、鍋を包み込む。
一瞬で挽肉が踊り、野菜がシャキッと炒められる。
「食らえ! これぞ竜王の火力!!」
「分かりましたわ!」
その隣で、サクヤが麺を茹でる。
彼女の動きは優雅でありながら、無駄が一切ない。
チャッ、チャッ!
湯切りの音がリズムを刻む。空中に舞った麺が、重力に従う前に丼へと収まる神業。
「へい! 担々麺お待ち!」
太郎がカウンターに出すと、ヴァルキュリアがそれを奪い取るように確保する。
「熱々のうちに前線へ届けます! 神速!!」
ヴァルキュリアはスープを一滴もこぼさず、音速でテーブルへ滑り込んだ。
ドンッ!
「お待たせしました! ドラゴン火炎担々麺であります!」
「は、早ぇ……! まだ注文して10秒だぞ!?」
客が驚愕する中、彼女はすでに次の客の元へ移動している。
「お水のおかわりは!? 貴方様、汗をかいておられますね! おしぼりをどうぞ!」
「あ、ありがとう……美人な店員さんだなぁ」
「チップなど不要! その代わり、完食してリリーナちゃんの歌を聞いていってください!」
完璧な配膳。完璧な気配り。そして若干圧の強い接客。
ヴァルキュリアの働きにより、行列は驚異的なスピードで消化されていく。
「太郎様! 洗い物が追いつきません!」
「よし、僕がやる! 『100円ショップスキル』! 使い捨て紙コップ&割り箸! 大量召喚!」
太郎も負けじとスキルを駆使し、ロジスティクスを支える。
「旨い! なんだこのスープ!? 体が燃えるようだ!」
「麺がツルツルでいくらでも入る!」
「店員さんの鎧がガチャガチャうるさいけど、仕事が早ぇ!」
客たちの満足げな声。
厨房の熱気。
ホールの疾走感。
それはまさに、食の戦争。
太郎たちの「ラーメン祭り」は、最高の滑り出しを見せていた。
しかし、祭りにトラブルは付き物。
この後、匂いにつられた「招かれざる客(他の参加者やモンスター)」が現れるのは、時間の問題であった。




