EP 40
戦乙女、ラーメン屋になる ~ドラゴン火炎担々麺の試練~
【城下町・大通り】
夕暮れの街を、黄金の鎧をまとった美女がトボトボと歩いていた。
その背中には、「世の中の厳しさ」という重い荷物が乗っているようだった。
「はぁ……。私の槍捌きは、皿洗い一つにも劣るというのか……」
そんなヴァルキュリアに、声をかける者がいた。
「あれ? どうしたの? ヴァルキュリア。随分と困った顔して」
「あ……太郎殿……」
買い出し帰りの太郎だ。
ヴァルキュリアは主君の顔を見て、堪えていた情けなさが溢れ出した。
「実は私……金銭を稼ぎたくて面接に行ったら、落ちてしまいまして……」
「面接? ヴァルキュリアが? ……あー、なんとなく理由は分かるけど(店を壊しそうだし)」
太郎は苦笑いした。
「う~ん、リリーナのためだろ? じゃあ僕がお金をあげるよ。今月はお小遣い少ないけど、へそくりがあるし」
「そんな! 主君に理由なく金銭を恵んで頂くなど、騎士のプライドが許しません! 言語道断です!」
ヴァルキュリアは頑なに拒否した。
「じゃあ、冒険者ギルドに行ってゴブリン討伐したら? すぐ小遣い稼ぎになるよ」
「弱い者をイジメる等、騎士道に反します! 私は強敵と戦いたいのです!」
「君って本当に頭固いね……めんどくさいなぁ」
太郎はポリポリと頬をかいたが、すぐに名案を思いついた。
「よっし! なら、君にぴったりのホールスタッフのバイト先を紹介してやろう」
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ。実は明日から城下町で『ラーメン祭り』が開催されることになってね。僕たちも出店するんだ」
「ラーメン祭り……ですか?」
「そう。デュークとサクヤ、それにフェリルも加わって、最強の一杯を提供する。だけど調理に手一杯で、ホールスタッフが足りなくてね」
「やらせて下さい! 私の脚力ならば、迅速な配膳が可能です!」
「よし、採用! 早速現場に行こう」
【ラーメン祭り会場・特設エリア】
会場はすでに前夜祭のような熱気に包まれていた。
その一角に、他の屋台とは一線を画す、禍々しくも神々しいオーラを放つ屋台があった。
深紅の暖簾には、力強い筆文字で堂々とこう記されている。
『元祖・ドラゴンラーメン』
「ここだ」
太郎が暖簾をくぐる。
「湯切りの角度が甘い! 麺のコシを最大限に活かすのだ!」
「はい! スープの温度、摂氏98度で安定させます!」
中では、竜王デュークと天才料理人サクヤが、まるで爆弾処理のような真剣な表情で調理場に立っていた。
遊びではない。彼らにとってラーメン作りは「闘争」なのだ。
そして、カウンターの端では、狼王フェリルが腕組みをして試作品を啜っていた。
「ズルズルッ……モグモグ……」
フェリルは真剣な顔で箸を置いた。
「うん……悪くない。スープのコクと辛味のバランス、麺への絡み具合……これなら他の店との差別化も図れるし、リピーターも狙えると思う」
「おぉ、フェリルがそこまで言うなら安心だな」
太郎が入っていくと、全員の視線が集まった。
「やぁ、お待たせ。助っ人を連れてきたよ」
ヴァルキュリアが一歩前に出る。
「よろしくお願いします! 神兵騎士団長ヴァルキュリア、一生懸命働かせて頂きます!」
デュークは鍋をかき混ぜながら、ギロリとヴァルキュリアを睨んだ。
「ふん……。天使族か。まぁ、戦力(ホール係)になるなら構わん。だが覚えておけ。ラーメン道は戦場だ。せいぜい我等の足を引っ張るでないぞ?」
「は、はい!」
「よろしくお願いします、ヴァルキュリアさん。忙しくなりますわよ」
サクヤは包丁を磨きながらニッコリと微笑む(目が笑っていない)。
「よろしくー。……っと、いけない」
フェリルが時計を見た。
「そろそろ『豚骨帝王』の屋台が試食会を始める時間だ。偵察に行ってくる!」
「頼んだぞフェリル。敵のチャーシューの厚さを測ってこい」
「了解!」
フェリルは忍者のような身のこなしで闇に消えた。
「ハハ……。皆、ラーメンの事となると真剣になるからね」
太郎は圧倒されているヴァルキュリアに、エプロンを渡した。
「仕事の説明をするよ。僕達が作ったラーメンをヴァルキュリアに渡すから、君はお客さんに渡す。あとはテーブルを拭いたり、お水を変えたり、会計も頼むね」
「分かりました! 敵の殲滅ではなく、お客様のケアですね!」
「そうそう(殲滅しないでね)」
すると、デュークがドンッ! とカウンターに丼を置いた。
「おい、新人」
「はっ!」
「我等のラーメンの味を知らずして、店員になれる筈も無かろう。食え」
そこにあったのは、真っ赤なスープに青梗菜と挽肉、そして巨大な角煮が乗った一杯。
**『ドラゴン火炎担々麺』**だ。
湯気からは、唐辛子と花椒、そして竜王の魔力が混ざった刺激的な香りが立ち上る。
「い、いただきます!」
ヴァルキュリアはレンゲでスープを口に運んだ。
ズズッ……!!
カッ!
口の中で炎が爆発したような衝撃。
「か、辛いッ!!」
しかし、その直後に押し寄せる、濃厚な胡麻の甘みと、出汁の旨味。
辛いのに、もう一口が止まらない。
「で、でも……美味しい! 体の芯から力が湧いてきます!」
「ふん。当然だ。我の『竜火』で焙煎した特製ゴマだれを使っているからな」
デュークがニヤリと笑う。
「これなら……これならリリーナちゃんにも自信を持って勧められます!」
ヴァルキュリアの目に、やる気の炎が宿った。
「良かった。よろしく頼むよ! ヴァルキュリア!」
「はい! この命に代えても、注文を守り抜きます!」
こうして、最強のホールスタッフが誕生した。
翌日から始まるラーメン祭り。
「ドラゴンラーメン」の屋台では、鎧姿の美女が音速で配膳し、客の回転率を極限まで高める伝説が幕を開けるのであった。




