EP 38
戦乙女のアルバイトと、盗んだローションで走り出す夜
【早朝・タロウ城】
神兵騎士団長ヴァルキュリアの朝は早い。
太陽が昇る前に起床し、愛用の神鎧を磨き上げ、一糸乱れぬ姿で主君の寝室前へと向かう。
「(異常なし。廊下の空気、清浄なり)」
彼女は石像の如く直立不動で待機すること2時間。
ガチャリ、とドアが開き、眠そうな太郎が顔を出した。
「おはようございます! 太郎殿! 本日もヴァルキュリア、警護の任に就きます!」
ビシッ! と敬礼する金属音が廊下に響く。
「うおっ……お、おはようヴァルキュリア。……毎朝早いね」
「主君の目覚めを待つのは騎士の務めですから!」
「あ、そぅ……(二度寝しづらいなぁ)」
太郎が食堂へ消えると、そこからはいつもの「地獄」が始まる。
「旦那様ぁ♡」「離れなさいフレア!」「私のオムレツを!」という怒号と悲鳴。
ヴァルキュリアはそれを遠巻きに見守り、ふと溜息をついた。
「平和……なのかしら? 少し、頭を冷やしてきます」
彼女は喧騒を逃れ、朝の城下町へと散歩に出た。
【城下町・広場】
爽やかな朝の空気に、どこか哀愁漂うアコースティックなメロディ(幻聴)が混ざる。
「……あの歌声は」
広場の片隅。いつもの定位置(みかん箱の上)に、リリーナが立っていた。
彼女は遠い目をしながら、マイク(木の棒)を握りしめ、切々と歌い上げる。
「新曲『18禁の夜』……聞いて下さい!」
(Aメロ)
落書きの多い 個室ビデオの壁
誰にも言えない 領収書を握りしめた
14の時 補導されたあの場所で
今はローションの ヌメリに震えている
「……?」
ヴァルキュリアは首をかしげた。
(個室ビデオ? ローション? よく分からない単語だが、なんて悲痛な響き……。現代社会の闇を歌っているのかしら?)
(Bメロ:葛藤)
とにかくここから 逃げ出したい
背後に迫る 黒服の影
ホストの売掛 払えぬままに
俺は裏口の 階段を駆け下りる
「(ホストの売掛……? 借金のことか。追われているのね、可哀想に……)」
ヴァルキュリアは歌詞の意味(大人の事情)を全く理解していなかったが、リリーナの真剣な表情に心を打たれていた。
(サビ)
盗んだローションで 滑り出す
行き先も 解からぬまま
暗い歌舞伎町に 縄で縛られたくないと
交番に駆け込む 18禁の夜
歌い終わると同時に、ヴァルキュリアはパチパチと拍手をした。
「ブラボー! 魂の叫びを感じましたわ!」
「あ! ヴァルキュリア様!」
リリーナがパッと笑顔になり、ステージから降りてきた。
「今日も元気に歌ってエライわね」
「ありがとうございます! ヴァルキュリア様!」
ヴァルキュリアは、リリーナの痩せた体を見て心配そうに尋ねた。
「ちゃんと、食事は取れてるかしら?」
「はい! 今週はパンの耳と、特売の卵を食べました!」
リリーナはVサインをする。しかし、それは「ちゃんと食べている」基準からは程遠い。
「リリーナちゃんは……こんな生活をしてまで、歌が好き? 大変じゃない?」
ふと出た疑問だった。
かつては一国の外交大使。何不自由ない暮らしをしていたはずだ。
しかし、リリーナは目を輝かせて答えた。
「私、人前でこんなに歌う事って無かったんです! シーラン国では、形式的な儀式ばかりで……歌う事は余り無かった」
彼女はみかん箱を愛おしそうに撫でた。
「でも! 太郎様のお陰で、こうして人前で歌う楽しさに目覚めて。歌詞の意味はよく分からないけど、歌と真剣に向き合えて……今、すごく嬉しいんです!」
その笑顔に、嘘はなかった。
太郎が教えた変な歌も、貧しい生活も、彼女にとっては「新しい冒険」であり「自由」なのだ。
「そう……良かったわ。貴女は強いのね」
「はい! じゃあ私、次の路上ライブの場所取りに行ってきます! またね、ヴァルキュリア様!」
リリーナは元気満々に、手を振って去って行った。
その背中を見送りながら、ヴァルキュリアは胸が締め付けられる思いだった。
「心は満たされていても……お腹は減るもの」
彼女の脳裏に、先日太郎に奢ってもらったハンバーガーを貪るリリーナの姿が浮かぶ。
あんなに美味しそうに食べていた。もっと食べさせてあげたい。
「でも、パンの耳だけじゃ……栄養が偏るわ。私に出来る事は無いかしら?」
ヴァルキュリアは自分の手を見た。
剣を握ることはできる。魔物を倒すこともできる。
だが、今の彼女は天界からの出向(という名の家出)中。所持金はない。
「金銭を稼ぐなんて……どうすれば? デューク達のように太郎殿にタカリ続けるのも、騎士の矜持が許さないし……」
とぼとぼと歩いていると、一軒の賑やかな大衆レストランが目に入った。
その入り口に、一枚の張り紙があった。
【急募! ホールスタッフ】
【元気で力持ちな方歓迎! まかない付き!】
【時給:銀貨2枚~】
ヴァルキュリアが足を止める。
「……これだ」
彼女の瞳に、決意の炎が宿った。
魔物を殺すのではなく、皿を運ぶ。
国を守るのではなく、注文を守る。
全ては、あの健気な少女に、もう一度ハンバーガーをお腹いっぱい食べさせるために。
「こ、これなら! 私の身体能力があれば、お皿の10枚や20枚、造作もないこと!」
ヴァルキュリアは深呼吸をし、ガチャリと鎧を鳴らして店のドアを開けた。
「たのもー! アルバイト志願者である!」
「へっ? い、いらっしゃいませ? お客さ……騎士様!?」
店主が腰を抜かす中、神兵騎士団長による、初めての「就職活動」が幕を開けた。
彼女が皿を握り潰し、客のクレームを「武力」で解決しそうになるのは、ほんの数分後の未来である。




