EP 36
豪華すぎるパーティと、ベンチウォーマー・フレア
【早朝・タロウ城 食堂】
「ふぅ……。美味しかった」
太郎はフォークを置き、満足げに息を吐いた。
皿の上には、サクヤ特製の「スフレパンケーキ」の残骸(シロップの跡)だけが残っている。ふわふわの食感とバターの香りが、最高の一日の始まりを告げていた。
「さて、天気も良いし……」
太郎は窓の外の青空を見上げた。
今日は公務も休みだ。久しぶりに体がうずく。
(最近、最強種たちの相手ばかりで疲れたな。たまにはヒブネ(エルフの槍使い)でも誘って、のんびり冒険者ギルドの依頼でもこなそうかな。彼女なら常識人だし、癒やされるし……)
そんなささやかな逃避行を計画した、その瞬間だった。
「成る程! 太郎殿は冒険をお望みですか!」
背後から、ガチャリと鎧の音が響いた。
当然のように控えていた、神兵騎士団長ヴァルキュリアである。
「えっ? いや、独り言だけど……」
「よろしい! 騎士として、何処までも、地獄の果てまでもお供しましょう!」
ヴァルキュリアが目を輝かせて胸を張る。彼女にとって、主君との冒険はデートと同義らしい。
「い、いや、ヴァルキュリアが来るのか? 僕はもっとこう、ゴブリン退治とか、薬草採取とか、簡単なのをのんびりしたかったんだけど……」
「ゴブリン? 却下です」
ヴァルキュリアは即答した。
「私は誇り高き神兵。弱い者イジメはしません。行くならドラゴンか、最低でもアークデーモン級でなくては!」
「はぁ……やれやれ。ハードルが高いなぁ」
太郎が溜息をついていると、廊下の向こうからいつもの喧騒が近づいてきた。
「全く! どきなさいよ! 今日は私が旦那様の面倒を見るのです!」
「いいえ! 今日は非番ですから、私が太郎様とデートする番です!」
「何を仰いますか! 今日こそ私の新しい剣技を見て頂くのです!」
ドタドタと雪崩れ込んできたのは、フレア、サリー、ライザの三人だ。
朝から元気いっぱいのマウント合戦である。
「あ、太郎様! お出かけですか!?」
三人が太郎を見つけ、同時に詰め寄る。
太郎は天を仰いだ。ヒブネとの癒やしの時間は、露と消えた。
「はぁ……やれやれ。5人で冒険か」
「え?」
【冒険者ギルド】
ギルドの扉が開かれると同時に、室内の空気が凍りついた。
先頭を歩くのは、国王・太郎。
右に大魔導師サリー(第一夫人)。
左に剣聖級の使い手ライザ(第二夫人)。
後ろに神々しいオーラを隠さない神兵騎士団長ヴァルキュリア。
そして、派手なドレスで扇子を仰ぐ伝説の不死鳥フレア。
「おい……あれ……」
「国王陛下ご一行だ……」
「目が潰れそうだ……」
冒険者たちがざわめく中、一行はカウンターへ向かった。
ギルドマスターのヴォルフは、カウンターの奥で頭を抱えていた。
「はぁ……。国王陛下に、妃に、不死鳥様に……あまつさえ神兵騎士団長様も引き連れて冒険者ギルドに来るとは……」
ヴォルフはげっそりした顔で太郎を見た。
「あんた、何でも有りだな。ここは魔王城攻略の前線基地か何かか?」
「ま、まぁお義父さん。気にしない気にしない」
太郎は苦笑いで誤魔化し、クエストボードから一枚の依頼書を剥がした。
「これを受けます。『荒野のガルム討伐』。5体の群れが出たらしい」
「ガルムか……。Bランク相当の凶暴な魔獣だが……あんた等の戦力なら、散歩みたいなもんだな」
「じゃ、行ってきます」
【荒野】
赤茶けた岩肌が広がる荒野。
そこに、黒い毛並みと燃えるような赤い目を持つ魔狼、ガルムの群れがいた。
その数、5体。
本来なら熟練の冒険者パーティが命がけで挑む相手だ。
「グルルルゥ……!」
ガルムたちが殺気を放ち、太郎たちを包囲しようとする。
「ガルムが5体か……。油断は禁物だ」
太郎は冷静にパーティを見渡し、指揮を執った。
「じゃあ作戦を言う。僕が『真・雷霆(出力1%)』の弓で先制攻撃。敵が怯んだ隙に、サリーは後方から魔法で援護。ライザは前衛で斬り込んでくれ」
「了解ですわ!」
「任せてください!」
二人が配置につく。
太郎は次に、ヴァルキュリアを見た。
「えっと……そういえば、ヴァルキュリアって何を使うの? 剣?」
「私の獲物はこれですわ」
ヴァルキュリアが虚空に手をかざす。
ズゥゥン……!
空間が歪み、光の中から二つの武具が現れた。
一つは、星の輝きを宿した巨大な神槍『グラニ』。
もう一つは、あらゆる災厄を跳ね返す神盾『シュテル』。
どちらも、人間が触れれば蒸発しかねない神造兵器だ。
「…………」
太郎は乾いた笑いを浮かべた。ガルム相手に使うもんじゃない。
「分かった。じゃあ……ライザと一緒に前衛だ。ただし、地面を割らないようにね」
「承知!」
そして最後に、ウズウズしているフレアと目が合った。
「旦那様! 私の出番ですわね! この愛の炎で、あの薄汚い犬っころ共を浄化して差し上げますわ!」
フレアが両手に極大の火球を作り出す。
太郎は真顔で告げた。
「えっと……フレアは……後ろで適当に遊んでてくれ」
「ええええええ!? 何故ですのおおおぉぉ!?」
フレアの絶叫が荒野にこだました。
火球がシュンと消える。
「だ、だって……君の火力じゃ、せっかくの素材(毛皮とか牙)が全部灰になってしまうからね。クエスト報酬がゼロになる」
「そ、そんなぁぁぁ……! 私は焼き加減の調整も(たぶん)出来ますわよ!?」
「『たぶん』じゃ困るんだよ。生活費がかかってるから」
太郎は非情な決断を下した。
フレアはその場に崩れ落ち、ハンカチを噛んだ。
「酷いですわ……! 折角のデート(冒険)なのに、私だけベンチウォーマーだなんて……!」
「大丈夫だって。最後……そうだな、全部終わった後の焚き火係として呼ぶから。たぶん」
「扱いが雑ですわーッ!!」
「よし、作戦開始!」
太郎の号令と共に、戦いが始まった。
結果は言うまでもない。
ライザの剣技がガルムを翻弄し、サリーの氷魔法が足を止める。
そしてヴァルキュリアが「神速の突き」を一回放つたびに、ガルムが物理法則を無視して彼方へ吹き飛んでいった。
後方では、太郎がのんびりと弓を引き、さらにその後ろで、世界最強の不死鳥がいじけて砂いじりをしているという、カオスな光景が広がっていた。
「……ヒブネと来たかったなぁ」
太郎はポツリと呟きながら、遠くへ飛んでいくガルムを見送った。




