EP 35
騎士の献身と、貧乏アイドルの暴食
【早朝・太郎城 寝室前】
チュンチュン……。
爽やかな小鳥のさえずりと共に、太郎は目を覚ました。
「ふわぁ……よく寝た」
パジャマ姿のままドアを開ける。
ガシャンッ!!
目の前で、金属同士がぶつかる重厚な音がした。
「おはようございます! 太郎殿!」
そこには、フルプレートメイルを完璧に装着し、直立不動で敬礼するヴァルキュリアがいた。
「うおっ!? お、おはよう、ヴァルキュリア……。もしかして、僕が起きるの待っていたの?」
「はい! 主君の目覚めを待つのは、護衛騎士としての基本中の基本! 務めであります!」
彼女の目は、徹夜明けなのか血走っているが、やる気だけは満ち溢れていた。
「あ、そぅ……(寝室の前で直立不動とか、プレッシャーすごいな)」
【食堂】
「太郎殿、お味噌汁であります」
「あ、うん」
「太郎殿、お醤油をお取りしましょうか?」
「自分で取れるよ」
「太郎殿、口元に米粒が!」
朝食中も、ヴァルキュリアは太郎の背後に仁王立ちし、片時も離れない。
サクヤの美味しい和食(焼き鮭と出汁巻き卵)の味が、緊張で半分もわからない。
(う~ん……肩がこるな……)
太郎は早々に箸を置き、気分転換を提案した。
「さて……散歩にでも行くかな」
「お外に!? 危険がいっぱいです! 当然、付いて参ります!」
「う、うん。ありがとう(断れない雰囲気だ)」
こうして、太郎と重装備の騎士は、朝の城下町へと繰り出した。
【城下町・広場】
広場の片隅から、いつものように謎の歌声が聞こえてきた。
「ガンガンガンガン! アタマガガン!」
「今だ! 必殺! タミフルパーンチ!!」
みかん箱の上で、リリーナが激しく踊っていた。
今日の選曲は、どこか狂気を感じさせるハイテンポなアニソンだ。
通りがかる人々は「またやってるよ……」と苦笑いしながら素通りしていく。
「やぁ、リリーナ。今日も元気にアニソンかい?」
太郎が声をかけると、リリーナはパッと表情を輝かせた。
「あ、太郎様! おはようございます!」
彼女はステージ(みかん箱)から飛び降りた。衣装は継ぎ接ぎだらけだが、笑顔だけはアイドルだ。
「えへへ~、聞いてください! 最近、固定のお客さんが少し増えて、投げ銭のおかげで1週間に1回は卵を食べられるようになったんです!」
リリーナはVサインをして誇らしげに報告した。
「へ、へぇ……。1週間に卵、か……」
太郎の顔が引きつる。現代日本人の感覚からすれば、それは栄養失調ラインだ。
「じゃあ、普段は何を食べてるんだ?」
「はい! 近所のパン屋のおじさんと仲良くなって、廃棄寸前のパンの耳を貰って食べてます! 水でふやかすとカサが増えて美味しいんですよ!」
「…………」
その場に重苦しい沈黙が流れた。
かつてのトップアイドル。人魚姫。一国の外交大使。
その成れの果てが、パンの耳生活。
「は、廃棄寸前の……パンの耳……」
ヴァルキュリアが口元を押さえ、ショックでよろめいた。
「なんという……なんという清貧さ……。神よ、この世界は残酷すぎます……」
太郎の良心が痛んだ。全ての元凶は、彼女を「スパチャアイドル」という修羅の道に引きずり込んだ自分にある。
「よ、よし! リリーナ! 今日は僕が奢ってやるから、何か食べに行こう!」
「えっ、本当ですか!?」
「あぁ。ハンバーガーなんてどうだ? 肉とパンだぞ」
「ハンバーガーですか!? 最近流行りの! 食べてみたかったんですぅ!」
リリーナがお腹を鳴らして喜ぶ。
「健気……あまりにも健気ですわ……」
ヴァルキュリアは目頭をハンカチで押さえた。
【ハンバーガーショップ】
「いらっしゃいませー!」
香ばしい肉の匂いが充満する店内。
太郎は「テリヤキバーガーセット」を3つ注文し、テーブル席に着いた。
「わぁぁ……初めて来ました……」
リリーナは、トレイに乗ったハンバーガーを、まるで宝石を見るような目で見つめている。
ポテトの黄金色、コーラの漆黒、そしてバーガーの厚み。
「さぁ、冷めないうちに食べよう」
「はい! いただきます!」
リリーナは大きな口を開けてかぶりついた。
バクッ! ムグムグ……!
その瞬間、彼女の瞳孔が開いた。
「んんっ!? お、美味しいいいぃぃぃぃぃッ!?!?」
人魚姫の絶叫が店内に響く。
「な、なんですかこれ! パンの耳と全然違います! お肉がジューシーで、タレが甘辛くて……! 生きてて良かったぁぁぁ!」
涙を流しながら、猛獣のような勢いでバーガーを貪るリリーナ。
ポテトを三本まとめて口に放り込み、コーラで流し込む。
その姿は、上品さなどかなぐり捨てた「生命の輝き」そのものだった。
「良かったなぁ。いっぱい食べろ」
太郎は自分のポテトもリリーナのトレイに移してやった。
「ありがとうございます! 太郎様! うぐっ、むぐっ!」
その横で。
ヴァルキュリアは、自分のハンバーガーを手に持ったまま、固まっていた。
(……食べたい。この悪魔的な美味しさを、私も味わいたい……)
彼女の胃袋は限界まで叫んでいた。あの肉汁を、あの背徳感を求めていた。
しかし、目の前には、パンの耳で命を繋いでいた少女がいる。
そして今、その少女は、この世の春を謳歌するように食べている。
(騎士とは……弱きを助け、強きを挫くもの……)
ヴァルキュリアは震える手で、自分のハンバーガーを見つめた。
そして、ゴクリと唾を飲み込み、決断した。
「……リリーナちゃん」
「ふぇ?(モグモグ)」
「私の分も……食べる?」
ヴァルキュリアは、断腸の思いで、愛しのハンバーガーを差し出した。
「えっ!? い、いいんですか!? ヴァルキュリア様!」
「えぇ……。どうぞ。貴女の笑顔の方が、私にはご馳走だから……(血涙)」
「わぁぁ! ありがとうございます! ヴァルキュリア様! 大好きです!」
リリーナは遠慮を知らなかった。
即座にヴァルキュリアの手からバーガーをひったくり、二個目に突入した。
「ん~っ! 最高ですぅ~!」
元気いっぱいに頬張るリリーナ。
それを見つめるヴァルキュリアの顔は、慈愛に満ちていたが、お腹の虫は「グゥ~」と悲しげに鳴いていた。
「なんて健気なの……」
ヴァルキュリアは、リリーナの頭を優しく撫でた。
「リリーナちゃん。困っている事があったら、この私に何でも言うのよ? 私が貴女の剣となりましょう」
「はい! 頼りにしてます、お姉ちゃん!」
こうして、極貧アイドルリリーナに、最強の騎士という(暑苦しい)バックアップがついた。
太郎は、空腹に耐えながら微笑むヴァルキュリアを見て、こっそり追加でハンバーガーを注文してやることにした。
(……平和だなぁ。財布は軽くなるけど)
太郎国に、また一つ、奇妙で温かい絆が生まれたのであった。




