EP 34
天使の就職活動と、最強のニートたちの洗礼
【城下町・ハンバーガーショップ前】
「はぁ? 旦那様を保護? 天界へ連れ帰る? 何を寝ぼけたことを言っているのかしら?」
フレアが眉をつり上げ、ヴァルキュリアを睨みつける。背後から炎のオーラが立ち昇る。
「旦那様は、このフレアの無限の愛情の元、地上で幸せに暮らすのです! 貴女ごときが出しゃばる幕ではありませんわ!」
「いいえ! その『愛情』が重すぎて危険だと言っているのです!」
ヴァルキュリアも負けじと黄金のオーラを放つ。
「貴女たち最強種は奔放すぎる! 私が! 責任を持って神界の聖域で保護(監禁)し、健康的な食事で管理します!」
「ちょっと待ったぁぁぁ!」
「私の旦那様ですよ! 勝手に所有権を争わないでください!」
黙っていられないのは正妻たちだ。
サリーとライザが左右から太郎の腕を掴む。
「太郎様は渡しません!」
「天使族だか何だか知りませんけど、私達がお守りするんです!」
「い、痛い! 痛いってば!」
右へグイッ! 左へグイッ!
太郎の体はゴムのように引っ張られる。
「服が! 服が伸びるぅぅ! お気に入りのユニクロのシャツがぁぁ!」
四方向からの引っ張り合い。
太郎の意識は遠のき、白い灰になりかけた。
「はぁ……はぁ……。もう、よく分かんないや……」
プツン。
太郎の中で何かが切れた。彼は抵抗をやめ、幽霊のような足取りで、ふらふらと城の方角へ歩き出した。
「あ、旦那様!?」
「お待ち下さい! 太郎殿!!」
争っていた四人は慌てて休戦し、太郎の後を追った。
【太郎城・大広間】
城に戻った一行を待っていたのは、ソファで寛ぐ二柱の最強種だった。
「ん? 騒がしいと思って戻ってみれば……」
竜王デュークが、新聞(競馬欄)を畳んで不快そうに顔をしかめた。
その視線の先には、黄金の鎧をまとったヴァルキュリアがいる。
「何故ここに、天界の犬……天使族が居るのだ? 目障りな。神聖な我がリビングの空気が濁るわ」
「全くだよ。ケッ、天使族かよ」
狼王フェリルも、ポテチを齧りながら露骨に嫌な顔をした。
「天使族ってさぁ、自分たちは『高潔です』みたいな顔して、面倒な雑用とか汚れ仕事は全部僕達に押し付けてくるじゃん? まじブラック企業だよ」
「フェリル様、言葉が過ぎますよ!」
「うるさいなぁ。はぁ~、空気が悪くなるよ。さっさと帰れよ、シッシッ」
フェリルが犬を追っ払うように手を振る。
ヴァルキュリアの額に青筋が浮かんだ。
「ぐぬぬ……! 言わせておけば! 私達は私達で仕事があるのです! 世界の管理システム維持に、ルチアナ様の私用に、毎日残業続きで色々と忙しいのです!」
「ふん、社畜の言い訳など聞きたくもない」
デュークが鼻で笑う。
そこに、フレアが冷ややかな声で追い打ちをかけた。
「それで? ヴァルキュリア。貴方は『保護する』とか何とか言って、この城に居座るつもりでしょうけど……」
フレアは扇子で口元を隠し、冷徹な視線を送った。
「タダでこの城に滞在して、食って寝てを繰り返すつもり? まさか、誇り高き騎士団長様が、居候になるおつもりじゃなくて?」
その言葉に、デュークとフェリルが反応した。
「うむ。タダ飯は良くないな。働かざる者食うべからずだ(※自分たちのことは棚に上げている)」
「そうだよ! ここでご飯食べるなら対価が必要だよ! 働けよ、オバサン」
ブチッ。
ヴァルキュリアの中で何かが切れる音がした。
「オ……オバサン……!?」
永遠の若さを誇る天使に対して、禁句中の禁句。
しかし、彼女は反論できなかった。
なぜなら、「太郎の作るハンバーガーを食べたい」という下心がある以上、ここで追い出されるわけにはいかないからだ。
「うっ……くっ……!」
(このままでは追い出される……! しかし、ハンバーガーは捨てがたい……! どうすれば……どうすればここに正当に滞在できる!?)
彼女の脳内会議は、0.1秒で結論を出した。
プライド < ハンバーガー。
「わ、分かりましたわ!」
ヴァルキュリアはカツカツと太郎の前に歩み出た。
そして、その場に華麗に跪いた。
ガチャリ、と鎧の音が静まり返った広間に響く。
「え?」
太郎が目を丸くする。
ヴァルキュリアは真剣な眼差しで、太郎を見上げた。
「この神兵騎士団長ヴァルキュリア! 本日をもって天界の籍を(一時的に)離れ、太郎殿を主君と仰ぎましょう!」
「はぁ!?」
「貴方の『矛』となり『盾』となり、その身をお守りします! ですから……!」
彼女はゴクリと唾を飲み込んだ。
「……ですから、あの『ハンバーガー』とやらを、毎日食べさせてください!! 宿代代わりに!」
結局、食い気だった。
高潔な騎士の誓いは、ファストフードへの渇望によって塗り替えられたのだ。
「えええええええええええ!?」
太郎の絶叫が城に響き渡る。
竜、狼、不死鳥、そして天使。
世界の勢力図を塗り替える最強の戦力が、太郎の「食卓」に集結してしまった瞬間であった。




