EP 32
天界からの使者と、行列のできるハンバーガー屋
【神界 セレスティア・宮殿】
白亜の柱が立ち並び、神聖な光に包まれた天界の宮殿。
その回廊を、カツカツと苛立ちの足音を響かせて歩く一人の女性がいた。
神兵騎士団を束ねる族長、戦乙女ヴァルキュリアである。
黄金の鎧に身を包み、冷徹なまでの美貌を持つ彼女は、眉間に深い皺を刻んでいた。
「由々しき事態だ……。世界の調停者たる竜王、狼王、不死鳥の三柱が、あろうことか人間の小国『太郎国』に定住し、職務を放棄しているとは」
彼女は窓から下界を見下ろした。
世界の均衡が崩れかけている。本来なら、神が直接介入すべき案件だ。
「一度、接触せざるを得まい。その『太郎』という人間の王に。三柱をたぶらかす邪悪な男に違いない……」
決意を固めたヴァルキュリアは、主神である女神の執務室へと向かった。
許可を得るため、重厚な扉を開ける。
「ルチアナ様! ご報告が……」
「あ、お疲れ~」
そこには、神々しさの欠片もない光景があった。
女神ルチアナは、神衣を脱ぎ捨て、ジャージ姿にサンダル履きという、休日の干物女のような格好で伸びをしていた。
「な……?」
「いや~、今日の定時(仕事)終わったからさ。これからラスティア(魔王)と女子会の約束あるんだよね~。駅前の居酒屋『天岩戸』で飲み放題プラン予約してるし」
ルチアナは面倒くさそうに鞄(とコンビニ袋)を手に取った。
「ルチアナ様! 貴女は何を言ってますの!? 地上が危機的状況にある今、魔王と飲み会などと……!」
「え~? だって残業したくないし。働き方改革だし。あとはヴァルに任せるわ。じゃあね~」
女神はひらひらと手を振り、転移魔法でさっさと消えてしまった。
「くっ……! この駄目女神がぁぁぁ!!」
広い執務室に、ヴァルキュリアの絶叫が虚しく響いた。
彼女はギリリと歯を噛み締め、一人で地上へ降りることを決意した。
「私が……私が正さねば! この狂った世界を!」
【地上・太郎国 城下町】
ヴァルキュリアは、人間の姿に変装し(といっても目立つ美貌だが)、太郎国の城下町に降り立った。
彼女は驚愕した。
「な、なんだこの街は……?」
魔王や邪神の巣窟かと思いきや、そこは活気に溢れ、清潔で、そして何より――。
『いらっしゃいませー! スマイル0円です!』
『新発売! テリヤキバーガーセット、ポテト増量中!』
「……妙な匂いがする。油と肉と、香辛料の匂い……」
あちこちに立ち並ぶ「ハンバーガーショップ」。
先日の「ハンバーガー解禁」以来、太郎国では爆発的なバーガーブームが巻き起こっていたのだ。
ヴァルキュリアは、一際長い行列ができている店に目を留めた。
その列の中に、見覚えのある(というより魔力を感じる)男がいた。
「うぅ……並んでしまう……。悲しいなぁ、王様なのに……」
太郎である。
彼は一般市民に混じり、完全にお忍び(バレているが)で列に並んでいた。
「でも、あの悪魔的な美味しさだもんな……。今日はダブルチーズバーガーにするか、それともフィッシュにするか……」
ヴァルキュリアは物陰から目を細めた。
(あれが、三柱を惑わす太郎王!? 邪悪なオーラは見えないが……いや、あの脂ぎった食べ物に魅入られている。やはり危険だ)
その時である。
太郎の背後から、派手なドレスの女性が抱きついた。
「旦那様ぁ♡ もうすぐ順番ですわね♡」
「うわっ、フレア!? 並んでる時はくっつかないでってば!」
さらに左右から二人の女性が割り込む。
「旦那様! 離れなさいフレア! 公衆の面前ですわよ!」
「シッシッ!! 太郎様の背中は私の指定席です!」
サリーとライザがフレアを引き剥がそうとし、フレアが抵抗する。
もみくちゃにされる太郎。
「旦那様ぁ~! 小娘達が虐めるのぉ♡ 慰めてぇ♡」
「もぉぉぉ! ハンバーガーが食べられないだろぉ!?」
その光景を見て、ヴァルキュリアは戦慄した。
(な、何と言うことか……。あれが、あの高潔なる不死鳥だと……!?)
かつて神話の時代、神々しく空を舞い、邪神を封印した伝説の聖獣。
それが今、人間の男にへばりつき、安っぽい恋愛劇(修羅場)を演じている。
威厳の欠片もない。
(許せん……! 聖なる獣をここまで堕落させるとは!)
ヴァルキュリアの怒りが頂点に達した。
彼女は隠れるのをやめ、カツカツと音を立てて太郎たちの前に歩み出た。
「そこまでだ!」
その凛とした声に、騒いでいた三人がピタリと止まる。
「あら? あの神々しい魔力……」
フレアが顔を上げ、ヴァルキュリアを見た。
「何故こんな所に、天界の『掃除屋』、天使族が居るのかしら?」
フレアは悪びれる様子もなく、首を傾げた。
「フレア様! 貴女、私の顔を忘れたとは言わせませんよ!」
ヴァルキュリアはビシッと指を突きつけた。
「調停者ともあろうお方が、何故人間の国に!? しかも、そのようなふしだらな姿で! 貴方は一体何をしているのですか!?」
周囲の客がざわつく中、騎士団長の怒号が響く。
しかし、問いかけられた太郎は、ポカンとしていた。
「えっと……どちら様?」
その間の抜けた一言が、ヴァルキュリアの神経をさらに逆撫でする。
「私は神兵騎士団長ヴァルキュリア! 貴様、太郎と言ったな! 世界の守護者たちを堕落させ、ハンバーガーなる脂っこい餌で飼い慣らすとは、何たる邪悪な洗脳か!」
「えぇ……洗脳っていうか、みんな勝手に食べてるだけなんだけど……」
太郎が困惑していると、店員の声が響いた。
『次のお客様~!』
「あ、僕です! ダブルチーズバーガーセット一つ! コーラで!」
「貴様ァ! 私の話を聞けェェッ!」
ハンバーガーへの執着が勝る太郎と、真面目すぎて話が通じないヴァルキュリア。
そして、「あら、ヴァルキュリアも食べたいの?」と勘違いするフレア。
神と人、そしてハンバーガーを巡る新たな騒動の幕開けであった。




