EP 30
事後報告は「魔王討伐」と「ビールの領収書」
戦いの土煙が晴れた森。
そこには、魔王が消滅した痕跡である巨大なクレーターだけが残されていた。
「旦那様ぁ♡」
そのクレーターの縁で、甘ったるい声が響いた。
フレアが、まだ『真・雷霆』の熱が冷めやらぬ太郎に背後から抱きついたのだ。
豊満な感触が太郎の背中に押し当てられる。
「流石は旦那様♡ あの魔王ヴァルスを一撃で葬り去るとは……! 痺れましたわ! やっぱり私の旦那様だけの事はありますわぁ♡」
「うぉっ、フレア? 苦しいって……」
「このまま勝利の口づけを……ん~ッ♡」
フレアが唇を尖らせて迫る。しかし、そうは問屋が卸さない。
「はいはい、離れて離れてぇ!」
「セクハラ禁止ですぅ!」
ガシッ!
左右から伸びた手が、フレアの両肩を鷲掴みにした。
サリーとライザだ。
「な、何よ! 夫婦のスキンシップじゃない!」
「夫婦じゃありませんし、今は神聖な戦いの直後です!」
「そうです! 太郎様がお疲れなのが見えませんの!?」
二人は物理的な力技で、ペリペリとフレアを太郎から引き剥がした。
「い~や~! 離しなさいよこの泥棒猫たちぃ! ケチぃ!」
「誰がケチですか!」
いつものギャーギャー騒ぎ。
太郎はそれを見て、ふっと力が抜けたように笑った。
「ハハハ……。まぁ、皆が無事で良かったよ」
彼は空を見上げた。夕焼けが、戦いの終わりを告げている。
「よし、じゃあ帰ろう! 報告を済ませて、今日はパーッとやろう!」
その日の夕方。冒険者ギルド。
「な、ななな……何だってぇぇぇ!?」
ギルドマスター室に、ヴォルフの絶叫が響き渡った。
彼は報告書を持つ手を震わせ、目玉が飛び出さんばかりに見開いている。
「ま、魔王ヴァルスを倒した……じゃと!? あの伝説の!?」
「えぇ、まあ。村人の失踪原因がそれだったんで」
太郎はポリポリと頬をかきながら、まるで「近所の野良犬を追い払った」くらいの手軽さで答えた。
「『まあ』じゃないわ! ライザ! 本当なのか!?」
「本当ですわ、お父様。全くとんでも無い依頼でしたわ」
ライザが呆れたように肩をすくめる。
「デーモンロードにおまけで魔王まで付いてくるなんて、Sランク詐欺ですわよ」
サリーも苦笑いして同意する。
「信じられん……。ただの神隠し調査が、世界救済案件になるとは……」
ヴォルフは椅子にへたり込んだ。
この婿、ギルドを出禁にすればSランク魔獣の山を作り、出禁を解除すれば魔王を倒してくる。
心臓がいくつあっても足りない。
「で、報酬なんですけど……」
「は、払う! 特Sランク報酬を払うとも! 国庫を開けてでも!」
「あ、それとこれ、経費(コンクリートブロック代)の領収書です」
「……(見なかったことにしよう)」
手続きを終え、太郎は大きく伸びをした。
「ふぅ……。もう疲れたから報告はこれくらいで。早く城に帰って、冷たいビールが飲みたいや」
「それが良いですわね!」
英雄たちは、世界を救ったその足で、そそくさと家路についた。
その夜。タロウ城、中庭。
美しい満月が夜空に輝く中、盛大な宴会が開かれていた。
ジュウゥゥゥ……!
食欲をそそる音と、脂の焦げる香ばしい匂いが漂う。
庭の中央には特大の鉄板が設置され、エプロン姿のサクヤが腕を振るっていた。
「さぁ、ジャンジャン焼きますよ。今日のお肉は、先日デューク様が狩ってきた『ギガント・バイソン』のロースです」
サクヤの手際は神がかっていた。
絶妙な火加減で肉を踊らせ、特製のタレを絡める。
「はい、太郎様。ビールです」
「おぉ! ありがとうサクヤ!」
カシュッ! トクトクトク……ゴキュッ、ゴキュッ、プハァーッ!!
「くぅ~ッ!! 生き返るぅ~!!」
太郎はジョッキを一気に空けた。労働(魔王討伐)の後のビールは、エリクサーよりも尊い。
その横で、デュークが山盛りの肉を頬張っていた。
「むぐむぐ……。何? 魔王ヴァルスだと?」
デュークは興味なさそうに鼻を鳴らした。
「あのような小物、我が出るまでもなかろう。主が片付けたのか? まあ、手間が省けて良かったわ」
「え~! いいなぁ~!」
対照的に、フェリルは骨付き肉をかじりながら尻尾をバタバタさせて悔しがっている。
「僕が退治したかったな! デュークとの狩り勝負より、そっちの方が面白そうだったのに!」
「ハハハ。フェリルが暴れたら、森ごと消し飛んでたよ」
太郎が苦笑いする。
「まあ、何とかなったよ。お陰でこうして、美味しいお肉が食べられる」
「そうですわね! 平和が一番ですわ!」
フレアがジョッキ片手に太郎に寄りかかる。
「あらフレアさん、飲み過ぎですわよ。顔が赤いです」
「うるさいわねサリー! 今日は無礼講よ! 旦那様、あ~ん♡」
「こら、抜け駆けするな!」
ライザも肉を片手に参戦する。
「ふふ、皆様、野菜も召し上がってくださいね」
サクヤが微笑ましく見守りながら、次々と料理を送り出す。
月明かりの下、最強種たちの笑い声と、肉の焼ける音、そしてビールの乾杯音が響く。
魔王も邪神も関係ない。
今の太郎たちにとっては、この「美味しい時間」こそが、何よりも守るべき世界の平和なのであった。
「……あ、サクヤ。ラーメンの替え玉ある?」
「もちろん、ご用意しておりますわ」
宴は、まだまだ夜更けまで続きそうである。




