EP 27
卑劣なる罠と、空から降る愛の炎
「待って! あそこに誰かいます!」
廃墟のような村を探索中、サリーが鋭く叫んだ。
建物の影、古びた木箱の裏に、小さな影がうずくまっていた。
「ひっ……!」
「大丈夫だよ。僕たちは怪しいものじゃない。冒険者だ」
太郎が目線の高さを合わせて優しく語りかけると、震えていた少女は恐る恐る顔を上げた。
「ねぇ、貴方は? 村の人達が何処に行ったか分かる?」
サリーが尋ねる。
少女は涙を溜めた瞳で、森の奥を指差した。
「うぅ……お父さんとお母さんが……急に何も言わなくなって……目が虚ろになって、フラフラと森の方に行ったの……」
「急に何も言わなくなった? ……自分の意思ではない動き、催眠魔法の類かしら」
ライザが顎に手を当てて分析する。
ただの誘拐ではない。村人全員を一度に操るとなれば、相当な使い手だ。
「とにかく森に行ってみよう! 案内してもらえるかい?」
「う、うん……」
太郎たちは少女を保護しつつ、村外れの鬱蒼とした森へと足を踏み入れた。
森の奥深く。
普段は人が立ち入らないような開けた場所に、異様な光景が広がっていた。
「……!」
数十人の村人たちが、棒立ちになっていた。
彼らは一様に虚空を見つめ、ピクリとも動かない。まるで人形のようだ。
「こ、これは……」
太郎が息を飲む。
「もし! もし! しっかりして!」
ライザが近くの男性の肩を揺さぶる。
しかし、男性の首はガクガクと揺れるだけで、焦点が合わない。
「……駄目だわ。反応がない。意識が完全に断ち切られている」
「許せない……」
サリーは村人たちの中心にある、禍々しい石造りの祭壇に目をやった。
そこには、空間を歪めるほどの闇の魔力が渦巻いている。
「そこに居るのは分かっています! 姿を現しなさい!」
サリーが杖を掲げ、風の刃を放つ。
ヒュンッ!
刃は何もない空間で弾かれた。
「おやおや、勘の鋭い奴だ」
空間が滲み、黒いローブを纏った長身の魔族が姿を現した。
顔の半分が骨のような仮面で覆われている。
「お前は!? 貴様が村人達を集めたのか!?」
太郎が叫ぶ。
「そうだ。我が名はデーモンロード・アローズ。偉大なる『魔王ヴァルス』様復活の為、こやつらには贄となって貰う」
「魔王ヴァルスだと……!?」
太郎の脳裏に、この世界の歴史が過る。かつて世界を恐怖に陥れ、封印されたはずの古の魔王だ。
「そんな事はさせないわ! 村人たちを返しなさい!」
ライザが剣を抜き、地面を蹴った。
神速の踏み込み。一瞬でデーモンロードの間合いに入り、首を刎ねようとする。
しかし。
「おっと……私に刃を向けると、村人達が舌を噛んで死ぬぞ?」
デーモンロードが指をパチンと鳴らす。
その瞬間、棒立ちだった村人たち全員が、カッと口を大きく開き、自分の舌に歯を立てた。
「なっ……!?」
ライザが寸前で刃を止める。
「動くな。少しでも殺気を見せれば、こやつらは全員自害する。操り人形の糸を切るのは簡単だぞ?」
「き、貴様……卑怯な!」
太郎が拳を握りしめる。
背中の『真・雷霆』を使えば、デーモンロードなど一撃で消し炭にできる。だが、その余波で村人たちも確実に死ぬ。
人質を取られた今、太郎たちは手も足も出せない。
「フハハハ! 貴様らは指を加えて待ってろ! 最特等席で絶望を味わうがいい!」
デーモンロードは高笑いし、祭壇に向かって詠唱を始めた。
「闇よ! 古の盟約に従い、その門を開け! 贄の魂を糧に、今こそ目覚めよ!」
ズズズズズ……!!
大地が割れ、祭壇から漆黒の瘴気が噴き出す。
その瘴気は凝縮し、巨大な巨人の姿を形成していく。
「グォォォォォ……」
空気が震えるほどの咆哮。
身長20メートルを超える、角の生えた巨神――魔王ヴァルスが復活した。
「腹が……減った……ぞ……」
「ハッ! ヴァルス様、お食事は用意しております!」
デーモンロードが村人たちを指差す。
すると、操られた村人たちが、フラフラとヴァルスの巨大な口元へと歩き出した。
「やめろぉぉぉ!!」
太郎が叫ぶが、動けば人質が死ぬ。
だが、動かなければ喰われる。
究極のジレンマ。
「くっ……!」
(どうする!? 真・雷霆の出力を極限まで絞って……いや、間に合わない!)
最初の村人が、ヴァルスの足元に辿り着く。
魔王がゆっくりと腕を振り上げ、村人を掴もうとした、その時。
「させないわ!」
上空から、凛とした声が響き渡った。
ズバァァァァァァァン!!
一筋の閃光――いや、灼熱の炎の壁が、ヴァルスと村人たちの間を一直線に斬り裂いた。
「グオッ!?」
魔王ヴァルスが熱さに手を引っ込める。
デーモンロードも、あまりの熱波にたたらを踏んだ。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
燃え盛る炎の壁の中から、優雅に舞い降りる一つの影があった。
真っ赤なドレスを翻し、背中には炎の翼。
その美貌は、戦場には不釣り合いなほどに艶やかで、そして激怒していた。
「旦那様と私の愛の巣(予定地)であるこの国で、勝手な真似は許しませんわよ?」
「不死鳥……フレア!?」
太郎が目を丸くする。
フレアは優雅に髪を払い、デーモンロードを冷徹に見下ろした。
「何だと!? 伝説の最強種、不死鳥フレアだと!?」
デーモンロードの声が裏返る。
村人の催眠魔法? 人質作戦?
そんな小細工など関係ない。
「理不尽な暴力」の化身が、最悪のタイミングで戦場に降り立ったのだ。
「さぁ、覚悟はおありかしら? 私の旦那様を困らせた罪、万死に値しますわよ!」
炎の翼が大きく広がり、森の闇を一瞬で真昼のように照らし出した。
ここから先は、冒険ではなく、一方的な蹂躙の時間である。




