EP 26
ギルドマスターの秘密のコレクションと、消えた村人たち
翌日。
澄み渡る青空の下、太郎は久しぶりに冒険者ギルドの重厚な扉をくぐった。
背後には、護衛(兼、監視)としてサリーとライザが控えている。
「ふぅ……。やっぱりギルドの空気はいいなぁ。クエストボードの紙の匂い、汗と鉄の匂い。これぞ冒険者だ」
「太郎様、感傷に浸っている場合ではありませんわ。早く稼がないと、今月のお小遣いはゼロのままですのよ」
「うっ……痛いところを」
太郎たちは受付をスルーし、奥にあるギルドマスター室へと通された。
「おぉ! 婿殿! 待っておったぞ!」
部屋に入るなり、ヴォルフが満面の笑みで立ち上がった。
その目は、国の重鎮としての鋭さは消え失せ、完全に「餌を待つ犬」のそれになっていた。
「ヴォルフさん、約束の品です」
太郎は懐から、一枚の色紙を取り出した。
そこには、達筆なサインと、キスマーク(太郎がリップを塗って指で押した偽造疑惑あり)、そして『ヴォルフPへ♡ 愛を込めて♡』というメッセージが書かれていた。
「こ、これは……!!」
ヴォルフは震える手で色紙を受け取ると、まるで聖遺物でも扱うかのように押し頂いた。
「リ、リリーナちゃんの直筆サイン……! しかも『ヴォルフP』という認知付き! おぉ神よ、いや婿殿よ! 感謝するぞぉぉ!」
「い、いえ。喜んで頂けて何よりです(……キスマークは僕の指紋だけど)」
「家宝にする! 額縁に入れて、地下の隠し金庫に……いや、枕元に飾るか……ぶつぶつ」
頬を赤らめて色紙にスリスリと頬ずりする父親の姿に、ライザは顔を覆った。
「お、お父様……。職場ですわよ……。お願いですから、威厳を持ってください……」
「恥ずかしいですわね、ライザさん……」
サリーも苦笑いするしかない。
ひとしきり(オタとして)荒ぶった後、ヴォルフは咳払いをして表情を引き締めた。
「コホン。……さて、ビジネスの話をしようか」
彼は机の上に、一枚の依頼書を広げた。
そこには『緊急クエスト:ルルカ村集団失踪事件の調査』と記されていた。
「これだ。Sランク相当の報酬が出る、ちときな臭い案件でな」
「きな臭い? 魔物の襲撃ですか?」
太郎が尋ねると、ヴォルフは難しそうに眉をひそめて首を振った。
「いや、それが分からんのだ。ルルカ村は国境付近にある平和な農村だ。だが、ここ数日で村人が次々と『消えて』いる」
「消えている……?」
「うむ。死体が出るわけでも、血痕が残るわけでもない。朝起きたら、隣で寝ていた妻がいない。畑仕事中に目を離した隙に、夫がいない。……まるで煙のように消え去るのだ」
室内の空気が張り詰めた。
単なる獣害なら対処は楽だが、「原因不明」が一番厄介だ。
「ギルドからも調査団を出したのだがな……。報告が途絶えた。恐らく、調査員も……」
「やられた、と?」
「あぁ。争った形跡すら残さずにな。解析不能の事態だ。放置すれば、国の危機に関わるかもしれん」
太郎は腕を組み、考え込んだ。
未知の魔法か、特殊な能力を持つ魔物の仕業か。あるいは、もっと別の何かか。
王としても、冒険者としても、見過ごすわけにはいかない。
「分かりました。僕の国の民が理不尽に奪われるのを、指を咥えて見ているわけにはいきません」
太郎の目に、王としての光が宿る。
「僕たちが調査しましょう。原因を突き止め、解決してみせます」
「うむ! 頼みましたぞ、最強の婿殿!」
数時間後。
太郎、サリー、ライザの三人は、馬車を飛ばしてルルカ村へと到着した。
(※デュークたちは「昼寝の邪魔をするな」とのことで留守番である)
「……静かすぎますわね」
村の入り口に立ったサリーが、不安そうに呟いた。
ルルカ村は、豊かな麦畑に囲まれた美しい村のはずだった。
しかし、今は人の気配が全くない。
風が吹くと、誰もいない家の窓がキイキイと音を立てるだけだ。
「失礼しまーす。……誰かいませんかー?」
太郎が一軒の民家に入ってみる。
食卓には、食べかけのスープと、硬くなったパンが置かれたままだった。
スプーンは床に落ちている。
まるで、食事の途中で「何か」が起き、その瞬間に存在ごと消し去られたかのような光景だ。
「争った跡はない……。本当に、ふっと消えたみたいだ」
「太郎様、見てください」
ライザが床を指差した。
そこには、うっすらとだが、奇妙な『足跡』のようなものが残っていた。
人間のものではない。かといって、知られている魔物のものでもない。
それは、まるで粘液で濡れたような、不気味な紫色の痕跡だった。
「……気持ち悪いな」
「微かにですが、魔力の残滓を感じます。……これは、空間魔法の一種かもしれません」
サリーが杖を握りしめる。
その時だった。
『…………ぅ…………』
風に乗って、村の奥――村外れの古い神社の森の方から、呻き声のような、低い音が聞こえてきた。
「太郎様、あっちです!」
「行こう! 生存者がいるかもしれない!」
太郎たちは武器を構え、不気味な静寂に包まれた村の中を、音のする方へと走り出した。
これが、ただの失踪事件ではなく、かつての歴史の闇に触れる戦いの始まりだとは、まだ知らずに。




