EP 20
涙の訴えと、完璧なるメイドの流儀
城の地下にある一室。
そこには「立ち入り禁止」の札が掲げられ、中からは熱気と共に真剣な議論の声が漏れていた。
こここそが、国家機密レベルの重要施設――『ラーメン研究室』である。
「うん。さっき店で食べた、魚介と醤油のWスープは美味しかった。あのバランスを再現したいんだ」
白衣を着た太郎が、ホワイトボードに成分表を書き殴る。
「しかし、我はやはり豚骨でラーメンを作りたい。あの力強い獣臭こそが至高だ」
腕組みをしたデュークが譲らない。
「デューク様、豚骨ラーメンは素晴らしいですけど、もっとラーメンの可能性を広げるべきですわ。鶏ガラと野菜の清湯も捨てがたいですし……」
サクヤも真剣な眼差しで寸胴鍋を見つめている。
色気も何もない、純粋な「麺への探求心」だけがそこにあった。
そんな中。
バァァァンッ!!!
研究室の防音扉が、破壊されんばかりの勢いで開かれた。
「え? 皆? どうしたの?」
太郎が振り返ると、そこには目を真っ赤に腫らした三人の女性たちが立っていた。
そして、一斉に雪崩れ込んできた。
「旦那様ぁぁぁ!!」
トップバッターはフレアだ。彼女は涙を流しながら、太郎の胸に飛び込んだ。
「私が! 私が一番ですわよね!? 料理だって覚えましたし、もっと尽くしますから! お願いだから私だけを見て下さいぃぃ!」
「ちょ、フレアさん!?」
続いて、サリーが反対側から抱きついてきた。
「嫌です! サクヤさんとばっかり楽しそうに話をして! 私が一番太郎様の事が大好きなんですからね! 誰にも負けたくないんです!」
「太郎様ぁ……!」
最後にライザが正面から抱きつき、太郎は完全に埋もれた。
「私も……誰にも、誰にも太郎様を渡したくない! 私だけの太郎様になって下さい!」
「ぐえぇ……!?」
三者三様の愛と涙、そして物理的な圧力に、太郎は窒息寸前だ。
「え? 皆どうしたの? 急に……。サクヤと僕が何なの?」
「太郎様、何が起きているのでしょうか?」
サクヤも寸胴鍋の火を止め、キョトンとしている。
太郎は涙声の妻たち(と自称妻)をなだめ、ようやく話を聞き出した。
どうやら、ラーメン屋での完璧な連携や、この研究室にこもっている時間の長さを見て、「サクヤと愛人関係にあるのではないか」「心が離れてしまったのではないか」と不安が爆発したらしい。
話を聞き終えた太郎は、優しく、しかしきっぱりと否定した。
「いやいや、誤解だよ。サクヤは料理も出来て頼れるし、ラーメンも一緒に作る大切なパートナーさ。まさに『戦友』であり、正真正銘の『仲間』だよ。そこに恋愛感情とかは無いよ」
太郎はサクヤの方を向いた。
「だよね? サクヤ」
「はい。私は太郎様とご一緒させて頂くことで、料理人としての腕が上がり、毎日新しい味の発見が出来て本当に幸せなんです。それだけで十分、満たされております」
サクヤは清々しい笑顔で答えた。彼女にとって太郎は、恋い慕う相手というより、未知の料理を教えてくれる導師に近いのかもしれない。
太郎は再び、サリーとライザの涙を拭った。
「だから、僕が大好きなのは君達だよ。愛する妻で、家族なんだから」
その言葉に、二人の瞳に光が戻った。
「た、太郎様ぁ……♡」
「信じてよろしいのですわね……♡」
サリーとライザは、安堵と共に再び太郎に抱きついた。今度は甘えるような、幸せな抱擁だ。
「旦那様ぁ♡ 私も家族ですわぁ〜♡」
その空気に便乗して、フレアも抱きつこうとした。
しかし。
ガシッ!
サリーとライザの手が、フレアの顔面と肩を正確に捉え、引き剥がした。
「「貴方は違います!」」
「きぃ〜! 何なのよぉ、この小物達ぃ!」
ギャーギャーと始まるいつもの喧嘩。
その様子を見て、竜王は大きなため息をついた。
「下らん。ラーメンの話は何処に行ったのだ。色恋沙汰で麺が伸びるわ」
デュークは興味なさそうに手を振り、一人で部屋を出て行ってしまった。
研究室に、少し落ち着いた(けれど甘い)空気が流れる。
すると、絶妙なタイミングで香ばしい香りが漂った。
「太郎様、皆様。どうぞ」
サクヤが銀のトレイに人数分のコーヒーカップを載せて差し出した。
「あぁ、ありがとうサクヤ」
太郎が受け取ると、程よい温かさだ。
「いぇ。甘い雰囲気には、少し苦味のあるコーヒーが良いと思いまして」
サクヤは穏やかに微笑み、一歩下がって控えた。
嫉妬に狂う女性たちが乱入しても動じず、誤解が解けた瞬間に最適な飲み物を提供する。
その所作には、一点の曇りも隙もない。
コーヒーを一口飲んだ三人の女性たちは、顔を見合わせた。
「サクヤさん……。本当に隙が無い、完璧ですわね」
フレアが悔しそうに、しかし認めざるを得ないといった表情で呟く。
「えぇ。料理だけでなく、このさりげない気配り……」
「私達が取り乱している間に、コーヒー豆を挽いて準備していたなんて……参りました」
サリーとライザも完敗を認めた。
「恋のライバルではない」と分かっても、「女性としてのスキル」という面で、サクヤという壁はあまりにも高くて厚い。
三人はコーヒーの苦味を噛み締めながら、さらなる自分磨き(と太郎へのアピール)を心に誓うのであった。




