EP 16
肉じゃがと、小者と、女狐の舌
城の厨房では、今日も熱心な料理修行が行われていた。
ただし、生徒は世界の管理者である不死鳥フレアだ。
「火加減はそれで完璧です、フレア様。最後に少しだけ醤油を回し入れて……」
「こうね! 愛の隠し味よ!」
サクヤの指導のもと、フレアが作ったのは日本の家庭料理の定番『肉じゃが』。
甘辛い香りが厨房に充満した頃、タイミングよく太郎がやってきた。
「いい匂いがするなぁ。何か作ってるの?」
「まぁ旦那様♡ お待ちしておりましたわ!」
エプロン姿のフレアが、出来たての小鉢を持って駆け寄る。
「旦那様の胃袋を掴むために、基本の『肉じゃが』を作ってみましたの! さぁ、召し上がれ!」
「どれどれ……」
太郎は箸でじゃがいもを割り、口に運んだ。
「……うん! ホクホクしてて美味しいよ! 味も染みてる」
「まぁ! 嬉しいいいぃぃ!!」
フレアは歓喜の声を上げ、どさくさに紛れて太郎に抱きついた。豊かな胸が太郎の腕に押し付けられる。
「旦那様に褒めてもらえるなんて、生きてて良かったぁ♡」
「あ、あはは……。じゃあ、僕は仕事(マルスの手伝い)があるから」
太郎はフレアの拘束を優しく解き、逃げるように部屋を出て行った。
パタン、と扉が閉まる。
その瞬間。
厨房の空気が凍りついた。
「……サクヤさん!」
柱の陰から、般若のような形相のサリーとライザが現れた。
「もうフレア様に料理を教える必要は有りませんわ! これ以上、敵に塩を送るようなマネは止めて下さい!」
サリーがサクヤに詰め寄る。
「そうです! 太郎様の食事は、妻である私達が! 愛情たっぷりに作りますから!」
ライザも剣の柄に手をかけて主張する。
しかし、フレアは余裕の笑みで振り返った。
「あら嫌ですわ〜」
フレアは扇子で口元を隠し、冷ややかな視線を二人に向けた。
「小物が必死で噛み付いて、哀れですこと……」
ピキッ。
二人の額に青筋が浮かぶ。
「……こ、小物?」
「えぇ、小物ですわ。たかが、旦那様と先にくっついただけの分際で、高貴なる不死鳥たる私と張り合おうだなんて」
フレアはふふんと鼻で笑った。
「歴史の浅い人間風情が、神話の生き物に勝てるわけがないでしょう? 身の程を知らないなんて、小物だから頭も悪いんですわぁ〜」
それは、絶対に言ってはいけない一言だった。
サリーの杖に、バチバチと極大の雷撃魔法がチャージされる。
ライザが背中の『真・竜殺しの魔剣』を抜き放ち、真紅の闘気を纏わせる。
「私達を……舐めないで貰いたい!!」
「その減らず口、消し炭にして差し上げますわ!」
「あら、やるの? いいわよ、厨房ごと丸焼きにしてあげる」
フレアも全身から紅蓮の炎を噴き上げた。
狭い厨房で、世界を滅ぼしかねない三つの力が衝突しようとした、その時。
ガチャッ。
「あ、忘れ物しちゃって……どうしたんだい?」
太郎がひょっこりと戻ってきた。
一触即発の殺気を感じ取ったのか、キョトンとしている。
瞬時に、フレアの炎が消えた。
「何でも有りませぇん♡ 旦那様ぁ♡」
フレアは猫なで声で駆け寄り、再び太郎の腕に抱きついた。
「ただのガールズトークですわ。ねっ?」
「そ、そう……? なら良いけど」
太郎はサリーとライザの抜刀した姿を見て首を傾げたが、深くは追求しなかった。
「仲良くしてくれよな。城を壊さないでね」
「はぁい♡ お任せくださいな♡」
フレアは太郎の胸に顔を埋めながら、背後にいるサリーとライザの方を向き――。
ベーッ!!
思い切り舌を出して、あっかんべーをした。
その顔は、「悔しかったら奪い返してみなさいよ、小物さん?」と雄弁に語っていた。
「くぅぅ……ッ!!」
「こ、この女狐め……ッ!!」
サリーとライザは、悔しさで歯をギリギリと鳴らした。
太郎の前では手出しできないことを利用した、卑怯かつ完璧な一手。
不死鳥フレア。彼女は戦闘力だけでなく、恋の駆け引きにおいても、最凶のライバルとして立ちはだかったのである。




