EP 14
リベンジ・クッキングと、鬼嫁たちの視線
床に倒れた太郎の横で、悲劇の元凶となった『ナーガの黒焦げステーキ』の残骸が湯気を立てていた。
竜王デュークは、その炭化した塊を指先で拾い上げ、恐る恐る一舐めした。
「……ペロリ。……うむ」
デュークは顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「酷い物だ。これは料理ではない、ただの炭素の塊だ。兵器転用した方が良い」
「だよねぇ」
フェリルも呆れた顔で、倒れている太郎を覗き込んだ。
「ご主人に変な物を食べさせて気絶させるなよ、おばさん。味覚も壊れてるんじゃないの?」
「お、おば……っ!?」
フレアの心にクリティカルヒットが入った。
料理の失敗と、年齢イジり(数万歳)。ダブルパンチに彼女は膝をついた。
「そ、そんなぁ……。私はただ、愛を込めて強火で焼いただけなのにぃ……」
「それが間違いなのです」
凛とした声が響いた。
いつの間にか、王宮料理長のサクヤが静かに立っていた。
「サクヤさん……?」
「素材は良いナーガです。火加減さえ間違えなければ、絶品になるはず。……フレア様、もしよろしければ、作り方を伝授しますが?」
救いの女神の言葉に、フレアが顔を上げた。
「え!? 本当!? 私に教えてくれるの!?」
「ええ。太郎様の胃袋を守るのも、料理人の務めですから」
かくして、緊急料理教室が始まった。
「いいですかフレア様。そこは『地獄の業火』ではありません。とろ火です」
「えっ、こんな弱くていいの? 愛が足りなくない?」
「足りてます。むしろ溢れすぎて焦げてます。……はい、そこで蓋をして蒸し焼きに」
サクヤの的確な指導のもと、フレアは恐る恐る炎をコントロールした。
普段は大陸を焼くための力を、肉汁を閉じ込めるためだけに使う。それは彼女にとって新鮮な体験だった。
数十分後。
芳ばしい香りと共に、今度こそまともなステーキが焼き上がった。
「うぅ……」
タイミング良く(あるいは匂いに釣られて)、太郎が意識を取り戻した。
「はっ! 僕は三途の川で黒い石を積んで……」
「旦那様! 起きましたのね!」
フレアが新しい皿を持って駆け寄った。
「さぁ、リベンジですわ! 今度こそ美味しいはずです! 食べてみてください!」
「えぇ……(また死ぬのかな)」
太郎は震える手でフォークを持った。
見た目は……焦げていない。綺麗な焼き色だ。
恐る恐る、一口サイズに切って口に運ぶ。
パクッ。
もぐもぐ……。
「!!」
太郎の目が輝いた。
ふっくらとした身、溢れ出る肉汁、そして絶妙な塩加減。
「……うん、美味しいよ! フレア! さっきとは別物だ!」
「ほ、本当!? やったぁぁぁ!!」
フレアの全身から、喜びの炎がパァァァッと噴き出した。
まさに『不死鳥の如く』、自信と活力が蘇ったのだ。
「サクヤさん! 凄いわ! これが料理なのね!」
フレアはガシッとサクヤの手を握った。
「これからも私に料理を教えて貰えるかしら? 旦那様のために、もっと色々な料理を作りたいの!」
「えぇ、喜んで。飲み込みが早くて助かります」
サクヤも微笑んで頷いた。
ここに、種族を超えた料理の師弟関係が結ばれた。
「ふふふ、これで胃袋を掴めば、正妻の座も夢じゃないわね……♡」
フレアが妄想に浸り、太郎がステーキをおかわりしている、その微笑ましい光景。
しかし――。
食堂の扉の隙間から、その様子を覗き見る二つの影があった。
「…………」
「…………」
サリーとライザだ。
二人の背後には、般若も裸足で逃げ出すほどの、どす黒いオーラが渦巻いていた。
「フレア様……。昨夜のお説教だけでは足りなかったようですわね」
サリーが杖を握りしめ、ミシミシと音を立てる。
「えぇ。あろうことかサクヤを巻き込んで、太郎様をそそのかす(胃袋から攻める)なんて!」
ライザの瞳が冷徹に光る。
「許しませんわ! 私達の愛妻料理の地位を脅かす者は、例え神獣であろうと排除します!」
「徹底抗戦よ!」
厨房に新たな火種が生まれたとも知らず、太郎は呑気にステーキを頬張り続けていた。




