EP 13
勘違いの新妻と、漆黒の朝食
サリーとライザによる、「王族としての品位」と「女性関係の清算」に関するお説教は、東の空が白むまで続いた。
「……はい、すいませんでした……」
解放された頃には、太郎の魂は半分ほど口から出ていた。
睡眠不足と長時間の正座で、足も腰もガクガクだ。
「はぁ……。とりあえず、何か食べよう。味噌汁が飲みたい……」
太郎はフラフラとゾンビのような足取りで、食堂へと向かった。
しかし、食堂に近づくにつれて、香ばしい……いや、何かが決定的に焦げたような匂いが漂ってきた。
そして、食堂の扉の隙間からは、モクモクと黒い煙が噴き出している。
「な、なんだ!? 火事か!?」
太郎が慌てて扉を開けると、そこは煙幕の中だった。
換気扇が悲鳴を上げている厨房の中心に、フリフリのエプロンをつけた女性が立っていた。
「あら、旦那様♡ おはようございます!」
満面の笑みで振り返ったのは、昨夜泥酔して寝落ちしたはずのフレアだった。
なぜかエプロン姿。そしてその手には、巨大なフライパン(中華鍋)が握られている。
「フ、フレア!? 何をしてるんだ? っていうか、その格好は……」
「何って、新妻の朝は早いものですわ」
フレアは頬を染めて、恥じらうように身をくねらせた。
「旦那様に元気が出る朝食を食べて頂く為に、今朝、裏山で『ナーガ(大蛇)』を捕まえて丸焼きにしてるんですの!」
「な、ナーガ……!?」
Bランク魔獣ナーガ。毒を持ち、鋼鉄の鱗を持つ大蛇だ。
それを「朝飯」として捕獲してくるとは。
「強火で一気に焼き上げましたのよ! 『ヘル・フレア』で!」
「火力が強すぎるよ! だから黒煙が上がってるのか!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた(というか腹を空かせた)二人の居候がやってきた。
「うむ。主よ、昨日のすき焼きは中々だったな……。朝飯はまだか?」
「お腹すいたー……って、げぇぇ」
デュークとフェリルは、煙の中にいるフレアを見て顔をしかめた。
「ん? フレアよ、まだ居たのか?」
「げぇぇ……はやく帰れば良いのに。仕事どうすんのさ」
二人の辛辣な言葉にも、今のフレアは無敵だった。
彼女は愛おしそうに太郎を見つめながら答える。
「あら、どうしてですか? 愛し合う旦那様と私が、同じ屋根の下に暮らすのは当たり前ですのよ? 私達、結婚しましたもの」
「してないよ!?(昨日の記憶が改ざんされてる!?)」
太郎が心の中でツッコミを入れるが、フレアは聞く耳を持たない。
「さぁ、出来上がりましたわ! 『ナーガの黒焦げ(ウェルダン)ステーキ・愛の炎仕立て』です!」
ドンッ!!
テーブルに置かれたのは、巨大な炭の塊……もとい、原形をとどめないほど焼き尽くされたナーガだった。
炭化しすぎて、ダイヤモンドに近い硬度になっていそうだ。
「さぁ、旦那様♡ 私が食べさせてあげますわ」
フレアはフォークで「炭」の一部を突き刺し(刺さる音が『ガキン!』といった)、太郎の口元に突き出した。
「あ〜ん♡」
「えぇ!?」
太郎は冷や汗を流して後ずさる。
これは食べ物ではない。可燃ゴミだ。いや、産業廃棄物だ。
「ほらほら、遠慮なさらないで! 精がつきますわよ! さぁ!」
「あ〜ん♡」
逃げ場はない。
拒否すれば、「愛を拒絶された」と逆上した不死鳥によって、城ごと焼き尽くされるかもしれない。
究極の二択。
「……えぇいっ!」
太郎は覚悟を決めた。
口を大きく開け、差し出された黒い物体を受け入れる。
ガリッ! ジャリジャリ……!
口の中に広がる、圧倒的な焦げの苦味。そして炭のジャリジャリ感。
味などない。あるのは「燃えカス」という事実だけ。
(あ、これ、死ぬやつだ……)
「美味しいですか? 旦那様♡」
フレアの笑顔が歪んで見える。視界が急速に暗くなっていく。
走馬灯の中に、昨日のすき焼きの映像が浮かんだ。
「…………」
太郎の白目が剥かれた。
そして、糸が切れた操り人形のように、ドサリと床に崩れ落ちた。
「あら? 旦那様? 喜びのあまり気絶してしまいましたの? まぁ、可愛い♡」
「いや、死にかけてるぞ」
「毒耐性がないと無理だよ、アレは」
デュークとフェリルが冷静にツッコミを入れる中、太郎の意識は深い闇へと沈んでいった。
不死鳥の愛は、物理的に重く、そして熱すぎたのである。




