EP 12
不死鳥の求婚、そしてお説教の夜
すき焼きパーティーの会場は、完全に居酒屋の個室のような空気に包まれていた。
空になったビールのジョッキがテーブルに並び、その中心で、世界を司る不死鳥フレアが、テーブルに突っ伏したり起き上がったりしながらくだを巻いていた。
「うイッ……。太郎さ〜ん、聞いて下さいよぉ〜」
フレアは完全に出来上がっていた。頬は真っ赤で、目はトロンとしている。
「私ったらね、1人で! たった1人で! この広大な世界の管理者のお仕事をしてるんですぅ。誰も手伝ってくれないのぉ……」
「うん、うん。大変ですねぇ」
太郎は慣れた手付きで、フレアのジョッキにビールを注ぎ足す。
まるで熟練のバーテンダー、あるいはスナックのマスターのような聞き上手ぶりだ。
「でねっ! 人間と魔族と獣人が争ってたら、どっちかの肩を持つわけには行かないじゃ無いですかぁ。私は公平なる調停者だからぁ……。でも、みんな好き勝手言うしぃ、私はいっつも板挟みでぇ……うっ、うぅ……」
「そりゃあ、大変だ。中間管理職の辛いところですね」
太郎は優しく頷いた。
「ま、まっ、酒でも飲んでうさを晴らして下さいよ。今日は無礼講ですから」
「まぁ〜……太郎さんったら、話を親身に聞いてくれるし、お肉も焼いてくれるし、優しいのねぇ……!」
フレアはジョッキを両手で持ち、上目遣いで太郎をじっと見つめた。
その瞳が、酔いとは別の熱を帯びて怪しく潤む。
「……え?(なんか視線が熱い?)」
太郎が首を傾げた、その時だった。
「ねぇ、太郎さん!」
フレアがバンッ! とテーブルを叩いた。
「私と契約……いいえ! そんな野暮な事は無し! ビジネスパートナーなんていらない!」
フレアは身を乗り出し、太郎の手をガシッと掴んだ。
「太郎さん! 私と結婚しない!?」
「えええ!?」
太郎が素っ頓狂な声を上げる。
その声に反応して、優雅にデザートを楽しんでいた二人の女性が立ち上がった。
「「何ですってぇぇ!?」」
サリーとライザの背後に、鬼のようなオーラが立ち上る。
しかし、酔っ払ったフレアには殺気など効かない。彼女は椅子から立ち上がり、太郎に抱きついた。
「ねぇ〜、太郎さん、良いでしょぉ? 私は尽くす女よ? 寒がりな太郎さんを、私の炎で毎晩温めてあげるわ。絶対に良い奥様になるからぁ〜」
「フ、フレア様!! 離れてください!」
「何を言ってらっしゃいますの!? 太郎様と結婚だなんて! 順番待ちの最後尾にも並んでないくせに!」
サリーとライザが引き剥がそうとするが、フレアのホールド力は凄まじい。
「あら〜? 良いじゃなぁい。減るもんじゃなしぃ。太郎様と私はお似合いでしょ〜?」
カオスな状況を見ながら、肉を食べ終えた二人の最強種が、冷ややかな視線を送った。
「ふん。主と結婚だと? 笑わせるな」
デュークが爪楊枝を使いながら鼻で笑う。
「大体、貴様は幾つだ? 主とは親子どころか、先祖と子孫ほどの年齢差があるだろうが」
「そうだよ、ご主人」
フェリルもニヤニヤしながら追い打ちをかける。
「何万年と生きてるババアに言い寄られて、ご主人可哀想〜。肌の年齢差が凄すぎて、見てられないよ」
「……あ?」
フレアの眉が一瞬ピクリと動いたが、酔いが勝っているためか、聞こえないふりをして太郎の胸に顔を埋めた。
「むにゃむにゃ……そんな外野の声は無視してぇ、ねぇ太郎さぁん」
「あ、あのフレアさん?(熱い! 体温が高い!)」
太郎は冷や汗をダラダラと流しながら、必死に言葉を選んだ。
「お、お気持ちは大変嬉しいのですが……えっと、僕は既にサリーとライザという愛する妻も居ますし、子供も居ますから……」
「そんなのぉ……関係ないわよぉ……むにゃ……」
「え?」
「愛があればぁ……年の差なんてぇ……スゥ……」
フレアの体の力が、急速に抜けていった。
「……スゥ……クークー……」
「……寝ちゃった」
フレアは太郎に寄りかかったまま、幸せそうな顔で爆睡し始めた。
積年の疲労と、満腹感、そしてアルコールが限界を超えたのだろう。鼻提灯が膨らんだり縮んだりしている。
「ふぅ……助かった……」
太郎は安堵のため息をつき、重たい不死鳥をそっと椅子に座らせようとした。
「さて……これは」
背後から、氷のように冷たい声が聞こえた。
「「…………」」
振り返ると、サリーとライザが笑顔で立っていた。ただし、目は全く笑っていない。
「太郎様? 何故あのようなプロポーズをされたのか、心当たりがお有りですわよね?」
「えっ!? い、いや、僕はただ話を聞いてあげてただけで……」
「その『優しさ』が誤解を生むのです! 女性に無闇にお酒を注いで、甘い言葉をかけて! 誤解させるような態度を取るから、こんな事になるのですわ!」
ライザがピシャリと言い放つ。
「お説教ですわね」
「えぇ。朝までたっぷりと、王族としての自覚と、女性との距離感について話し合いましょう」
「は、はい……」
太郎はガックリと項垂れた。
テーブルでは、何も知らないフレアが「ムニャ……太郎さん……好きぃ……」と寝言を言い、デュークとフェリルは「デザートのプリンはまだか?」と騒いでいる。
こうして、不死鳥による求婚騒動は、太郎の正座と長時間のお説教という、いつもの結末で幕を閉じるのであった。




