EP 11
キレる不死鳥、手掴みの狼、そして泥酔の夜
「ん~~っ! 美味しいわぁぁ……!」
フレアは恍惚の表情で頬に手を当てた。
甘辛い割下が染み込んだ和牛。それを濃厚な生卵が優しく包み込む。
「この肉と生卵の組み合わせなんて、最高すぎるでしょ! 天界のネクタルより美味しいわ!」
彼女は箸を止めることなく、次々と鍋の具材を口に運んでいた。
しかし、その感激の声が、グルメな竜王の神経を逆撫でした。
「一々うるさいぞ、フレア。人が静かに肉の味を堪能していると言うのに」
デュークが不機嫌そうに箸を置く。
「そうだぞ、フレア。行儀悪いぞ! 食事中は静かに食べるもんだよ!」
「……は?」
フレアの手が止まった。
見ると、説教してきたフェリルは、箸を使うのが面倒になったのか、素手で熱々の肉を掴み、タレをポタポタと垂らしながら貪り食っていた。
「熱っ! うまっ! 熱っ!」
その野性味溢れる(酷すぎる)マナーを見て、フレアの中で何かがプツンと切れた。
「…………」
「あ、あんた達ぃ〜……!?」
ドゴォォォォッ!!
フレアの背後から、再び炎の翼が噴き上がった。
「よくも! よくも!! こんな美味しい物を!! 私があんた達がサボってる間に! 粉骨砕身で身も心がボロボロになって働いてたのにぃぃぃ〜!!」
「ぬぅ、また始まったか」
「うるさいなぁ」
二人の無関心な態度が、さらに油を注ぐ。
「私が! 私が! どれだけ大変な思いをしていたと思ってるわけ!? 睡眠時間2時間よ!? お肌カサカサよ!?」
フレアはテーブルを叩いて立ち上がった。
「この自堕落調停者があああ! 南の封印も緩んでるのよ!? 邪神が復活したらどうなるか分かってんの!?」
世界の危機を訴える正論。
だが、返ってきたのは、あまりにも無責任な言葉だった。
「ふん。我の知った事か」
デュークは冷めた豆腐をつついた。
「邪神如き、今の主の敵では無いわ。それに我も居る。お主は心配性でオーバー過ぎるのだ」
「そうそう。そんなに忙しい仕事は、真面目なフレア1人ですれば良いんだよ」
フェリルも口の周りをタレでベタベタにしながら同意した。
「僕は今、この肉を食べるので忙しいんだよね。邪魔しないでくれる?」
「キイイイイイイッ!!」
フレアの怒りが頂点に達し、口から「極大ブレス」が放たれそうになった瞬間。
「まぁまぁ、フレアさん! 落ち着いて!」
太郎がサッとウィンドウを開き、ジョッキを取り出した。
「怒ると血圧が上がりますよ? ここは一つ、ビールでも飲んでゆっくりしましょう!」
太郎はスキルで出した『キンキンに冷えた生ビール(プレミアム)』を、黄金比率の泡と共にジョッキに注いだ。
シュワシュワと弾ける炭酸の音。霜がついた冷たいガラス。
「……っ」
喉が鳴る。フレアはブレスを止めて、ジョッキをひったくった。
「いただくわよ!!」
グビッ、グビグビグビッ……プハァッ!!
一気飲み。
空になったジョッキをテーブルに叩きつける。
「あら……あら、美味しいじゃないの……これ!」
苦味の後にくる爽快感。それが脂っこい口の中をさっぱりと洗い流し、熱くなった頭をクールダウンさせる。
「太郎さん、おかわり!」
「はい、どうぞ!」
二杯、三杯と杯を重ねるごとに、フレアの目つきが変わっていった。
怒りの吊り目はとろんと垂れ下がり、頬はほんのりと桜色に染まる。
完全なる「出来上がり」だ。
「うふふ……太郎さぁ〜ん」
フレアが太郎の肩にベッタリと寄りかかった。
甘い香りと、酒の匂い、そして微かな焦げ臭さが漂う。
「太郎さんってぇ、よく見ると良い男じゃな〜い? デュークみたいな堅物オヤジとも、フェリルみたいなガキとも違う、大人の包容力があるわぁ〜」
「あ、あはは……どうも(重い……)」
「ねぇ聞いてよぉ〜。私ってぇ、不死鳥だから年取らないけどぉ、中身は乙女なわけぇ。なのにぃ、ここ数百年、彼氏どころかデートもしてないのぉ〜。どう思うぅ〜?」
フレアは太郎の腕に絡みつき、上目遣いで訴えた。
「私ってぇ、魅力ないのかなぁ〜? 燃えちゃうからダメなのかなぁ〜?」
「そ、そんな事ないですよ! フレアさんはとても魅力的ですよ!」
「ほんとぉ〜? 嬉しいぃ〜! じゃあもう一杯!」
目の前で繰り広げられる、最高位の聖獣による泥酔・絡み酒。
サリーとライザは「あらあら」と苦笑し、デュークとフェリルは「関わらんとこ」と肉に集中している。
太郎は覚悟を決めた。
今日は、このブラック企業戦士の愚痴を、朝まで聞き届けるしかない。
「さ、フレアさん。もう一つ、いきましょう。今夜はとことん付き合いますよ!」
「さすが太郎さぁん! 大好きぃ〜! カンパーイ!」
こうして、激怒していた不死鳥は、太郎の「おもてなし」によって骨抜きにされ、ただの「飲み会好きの愉快なお姉さん」として、太郎国に定着してしまうのであった。
世界の秩序(仕事)がどうなったかは、誰も知らない。




