EP 13
サケスキーの乾杯と、100均魔術師の方針
「ここですわ」
活気に満ちたアルクスの中央大通りから一本路地に入り、少し静かになった通りでライザが足を止めた。
そこにあったのは、落ち着いた佇まいのレストランだった。
磨き上げられた木製の看板には『カエデ店』と上品な文字で刻まれており、ピカピカに拭かれたガラス窓からは、温かみのある魔石ランプのオレンジ色の光がこぼれ出ている。
太郎、サリー、ライザの3人は、ギルドでの怒涛の顔合わせを終え、無事にパーティーを結成した祝いを兼ねて、遅めの昼食にやってきたのだ。
「わぁ……すっごくお洒落なお店ねぇ! ポポロ村じゃ絶対に考えられないわ!」
店内に一歩足を踏み入れたサリーが、目をキラキラさせて周囲をキョロキョロと見回す。
白を基調とした清潔感のある漆喰の壁に、落ち着いた色合いの調度品。行き届いた身なりの店員たちの接客。異世界の「ちょっと良いレストラン」といった雰囲気だ。
(僕のコンビニの時給じゃ、絶対に入れないタイプの店だな……)と太郎が少し気後れしていると、ライザが奥の景色の良いテーブル席へと二人をスマートにエスコートしてくれた。
「注文は何にしますか? 私の個人的なオススメは、この店で一番人気の『キングクラブのシザークリームパスタ』なのですが」
席に着くなり、ライザがメニューを見ながら少し誇らしげに微笑んだ。
ギルドで父親の前で見せていた「クールな騎士」の顔から、美味しいものを前にした「年相応の少女」の顔に戻った彼女のギャップが、なんとも微笑ましい。
「キングクラブ……蟹か! いいね、じゃあ僕もそれをお願いしようかな」
「私も! ライザのおすすめなら間違いなさそう!」
「分かりました。……すみません、注文を」
ライザが流れるような優雅な仕草で店員を呼び、手際よく注文を済ませる。
やがて、テーブルに透明なグラスが運ばれ、ピッチャーから琥珀色の液体がトトト……と注がれた。
このアナステシア世界で広く愛されているポピュラーな酒精、通称『サケスキー』だ。
「では、我らが新たなパーティーの結成を祝して……」
ライザがグラスを持ち上げ、太郎とサリーもそれに合わせる。
「「「乾杯!!」」」
カチンッ!
心地よいガラスの音が響き、太郎はサケスキーを一口、喉の奥へと流し込んだ。
「――おっ、美味しいなコレ!」
太郎の口から、思わず素の感想が漏れた。
(なんだこれ、米焼酎のすっきりした甘みと、スモーキーなウィスキーの深いコクを絶妙にブレンドしたような味だ。確かこの世界に自生している『米麦草』から造られてる酒だっけ……。アルコール度数はそこそこ高そうだけど、驚くほど飲みやすい。日本の居酒屋に出したら絶対に大ヒットするぞ、これ)
過酷なワンオペ夜勤明けに、アパートの部屋で安い缶チューハイと廃棄弁当で一杯やるのが関の山だった太郎にとって、この異世界の銘酒は、乾いた五臓六腑に染み渡る極上の美味さだった。
「お待たせいたしました。当店の看板メニュー、『キングクラブのシザークリームパスタ』です」
タイミングよく、湯気を立てた大皿が三人分運ばれてきた。
濃厚なクリームソースがたっぷり絡んだモチモチの平打ち麺の上に、これでもかとばかりに巨大な蟹の爪がドーンとトッピングされている。そのビジュアルだけで食欲が爆発しそうだ。
「いただきます!」
フォークで麺をくるくると巻き取り、口に運んだサリーの顔が、一瞬でとろけた。
「んんん~~っ! 美味しいいい! 幸せぇ♡ なにこれ、ほっぺたが落ちちゃう!」
「うん、本当に美味しい。クリームの濃厚さに、蟹の強烈な旨味が完全に勝ってる。それにこの蟹の身、すっごく甘い……!」
太郎も太鼓判を押した。
100均スキルの『焼き鳥の缶詰』や『カップ麺』も手軽で悪くないが、やはりプロの料理人が手間暇かけて作った出来立ての料理は格別だ。
「ふふっ、喜んでもらえて良かったです」
ライザも嬉しそうに微笑みながら、上品にパスタを口に運んでいる。
食事も進み、空腹が満たされて少しお腹が落ち着いてきた頃。
ライザがフォークを置き、サケスキーのグラスを手に持って、真剣な、しかし信頼の寄せる目で太郎を見つめた。
「さて、太郎殿。貴方はこれから、このアルクスの街で『具体的にしたい事』などはありますか? これからのパーティーの方針を、ぜひリーダーの口から聞いておきたいです」
ギルドマスターから押し付けられた護衛としての義務感だけでなく、一人の仲間として太郎の目的を知ろうとしてくれるライザの真摯な態度。
太郎は最後に残っていた蟹の身を飲み込み、少し姿勢を正した。
「うん。僕の『100円ショップ』のスキルはね、ただ無限に道具を出せるわけじゃないんだ。アイテムを出すためには『ポイント』を消費する必要がある」
「なるほど。魔力のような対価が必要なのですね」
「そう。で、そのポイントをどうやって貯めるかだけど……魔物の素材を下取り(リサイクル)させたり、誰かの手助けをして『良いこと(善行)』をしたりすると、ボーナスとしてポイントが貯まる仕組みなんだ。だから……」
太郎は二人の顔を交互に見回した。
「この街を拠点にして冒険者をしながら、魔物を倒して素材を回収し、困っている人たちを助けてポイントを稼ぐ。それが一番効率が良くて、誰の恨みも買わない正当なやり方だと思ってる」
「なるほど! 魔物退治で街を守るのも『良いこと』に含まれるし、倒した魔物の厄介な素材を太郎さんのスキルに吸わせれば、そのままポイントになるってことね! 一石二鳥だわ!」
長年ポポロ村で一緒に過ごしたサリーが、すぐに太郎の意図を汲み取ってポンと手を叩いた。
「……素晴らしい合理性ですね。それならギルドマスターであるお父様からの厄介な討伐依頼も受けやすいですし、私の剣も大いに役立ちます」
ライザも深く納得したように頷き、不敵に、かつ最高に頼もしく微笑んだ。
「分かりました、リーダー。あなたのその規格外のスキル、私がこの剣に誓って必ず守り、そして大成させてみせましょう」
「あぁ、よろしくな、二人とも。戦いの方はからっきしだから、頼りにしてるよ」
太郎が笑うと、三人のグラスが再び中央で合わさり、小さく「乾杯」の音を立てた。
美味しい料理と美味い酒。そして、最高に頼れる(そして最高に可愛い)2人のヒロイン。
ただの元コンビニ店員だった佐藤太郎の「異世界スローライフ&成り上がり冒険譚」は、このカエデ店での誓いをもって、最高の形で本格的な幕を開けるのだった。
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