EP 9
不死鳥(社畜)の長い一日 〜お肌の曲がり角と女子会の喪失〜
【AM 6:00 聖なる泉】
小鳥のさえずりが朝を告げる。それはフレアにとって、絶望のファンファーレだった。
泉のほとりで、フレアは鉛のように重い瞼をこじ開けた。
「ん……もう朝……? 嘘でしょ……?」
彼女は泥のように重い体を起こした。
「いや……もう仕事をしたくないわ……二度寝したい……永遠に……」
全身が悲鳴を上げている。
昨日の業務日誌が脳裏をよぎる。南の大陸で異常発達したサンドワーム(Sランク)の駆除が1件。人間と魔族の小競り合い仲裁が3件。ついでに噴火しそうな火山の蓋を押さえる作業が1件。
「体が重い……。関節がギシギシ言うわ……」
フレアは炎の姿から、美しい人間の女性の姿へと変身した。
そして、鏡のように澄んだ泉の水面を覗き込んだ。
「!! ……嘘」
そこには、目の下に濃いクマを作り、頬の艶を失った自分の顔があった。
「はぁ……お肌がボロボロじゃない……。化粧乗りが最悪だわ……」
ファンデーション(魔法で生成)を叩き込むが、乾燥した肌がそれを拒絶する。
不死鳥の再生能力をもってしても、精神的なストレスによる肌荒れは治せないのだ。
「全ては……全ては仕事を放り出したデュークとフェリルのせいよ! あいつら、絶対に許さない!」
フレアはウィダーインゼリー的な簡素な朝食(木の実)を3秒で摂取し、虚ろな目で大空へと飛び立った。
【PM 12:00 西の大陸・荒野】
昼間の業務は「魔物達の間引き」だ。
生態系を壊すほど増えすぎたり、強くなりすぎた魔物を狩る。本来はフェリルの担当区域だ。
「はぁ? 西の大陸でロックゴーレムが出没した? しかも集落に向かっている?」
風の精霊からの報告に、フレアはこめかみをピキピキとさせた。
「はぁぁ……面倒くさいわね。なんで私が石ころの相手をしなきゃいけないのよ」
現場に到着すると、岩の巨人が暴れていた。
フレアは指パッチン一つで極大の火球を生成した。
「燃え尽きなさい。『ヘル・フレア』」
ドォォォォォォン!!
一撃。ロックゴーレムは瞬時に融解し、ただの溶岩溜まりとなった。
オーバーキル気味だが、今の彼女に手加減をする余裕はない。
「つ、疲れる……。移動距離が長すぎて精神的に疲れる……」
【PM 3:00 国境地帯】
午後の業務は「人間と魔族の仲裁」。
本来はデュークの(威圧による)担当だ。
荒野で、数百人の人間軍と魔族軍が睨み合っていた。
「やっちまえー!」
「人間どもを皆殺しにしろー!」
今にも開戦しそうなその中心に、フレアがドスンと降り立った。
「止めなさい! 今すぐ解散して家に帰りなさい!」
しかし、殺気立った両軍は聞く耳を持たない。
「何だ!? 貴様は! 邪魔をするな!」
「我等の敵になる気か!」
「そうだ! そうだ! 魔族(人間)に味方する気か!?」
武器を向けられた瞬間、フレアの中で何かが弾けた。
「……あぁ、そう。どうしてもやるなら……私が相手になるわよ?」
ゴオォォォォォォッ!!!
フレアは不死鳥の力を解放した。
空が赤く染まり、周囲一帯が紅蓮の炎で包まれる。立っているだけで鎧が溶け出すほどの熱気。
その姿は、神々しいというより、残業続きでブチ切れたOLの怨念そのものだった。
「ひぃぃぃッ!? な、なんだこの熱気は!?」
「ぎゃあああ! 化け物だあああ!!」
「逃げろおおお! 魂ごと焼かれるぞぉぉ!!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出す魔族と人間達。
一瞬で戦場には誰もいなくなった。
「……『化け物』って失礼ね。私はこんなに美しいのに」
フレアは髪をかき上げ、ため息をついた。
「まぁ良いわ。仕事は完了よ」
【PM 6:00 封印の地】
夕方の業務は「邪神デュアダロスの封印チェック」。
封印の石碑にヒビが入っていないか確認し、魔力を注ぎ足す。地味だがミスが許されない作業だ。
「よし……異常なし。……帰ろう」
【PM 9:00 聖なる泉】
夜。
全ての業務を終えたフレアは、ボロ雑巾のようになって聖なる泉に帰還した。
「はぁぁぁぁ~~~~~~っ……」
泉のほとりに倒れ込む。
美しいドレスは煤で汚れ、髪はボサボサだ。
「もう、本当に、やってられないわよ! なんでわたくしだけ、こんな大変な思いをしなきゃいけないの!?」
彼女は夜空に向かって叫んだ。
「魔物の間引きも、人間と魔族の喧嘩の仲裁も、邪神の封印監視も! 本来なら三人で分担する仕事を、全部ぜーんぶ、わたくし一人に押し付けられてるじゃないの!」
誰もいない森に、愚痴が虚しく響く。
「それに、見てよ、このお肌! 連日のストレスと寝不足で、カサカサよ! 水分量が砂漠並みよ!」
フレアは水面に映る自分を見て涙ぐんだ。
「せっかくの不死鳥の美貌が台無しじゃない! こんなんじゃ、素敵な殿方とのロマンスなんて、夢のまた夢だわ!」
そして、一番の心残りを口にした。
「今日は……今日は月に一度の『世界女子会』だったのに!」
女神ルチアナ、魔王ラスティア、そして不死鳥フレア。
種族を超えた女子三人で、スイーツを囲みながら恋バナや愚痴を言い合う、唯一の楽しみ。
それすらも、残業で行けなかった。
「ルチアナとラスティアの女子会にも行けないなんて……私、何のために生きてるの?」
孤独と疲労、そして空腹。
全ての恨みの矛先は、二人の同僚へと向かった。
「それもこれも……あのサボり魔のトカゲと、脳筋の駄犬のせいだわ!」
フレアの瞳に、復讐の炎が灯った。
「決めたわ。明日、太郎国へ行く。そして……あいつらの楽園を地獄に変えてやる!」
社畜不死鳥の限界突破。
太郎国に、かつてない「理不尽な八つ当たり」の嵐が近づいていた。




