EP 8
社畜不死鳥の憂鬱と、殺意の焼肉パーティー
世界の秩序を守る最強の三柱。
その一角である竜王デュークと、狼王フェリル(現・フェリル)が、揃いも揃って職務放棄し、太郎国で食っちゃ寝の生活を送るようになって数ヶ月。
そのしわ寄せは、全て最後の一柱にのしかかっていた。
大陸南方の秘境、『聖なる泉』。
本来であれば、虹色の霧が立ち込める神聖な場所だが、現在は殺伐とした空気に包まれていた。
「……ここ、修正まだじゃない! 西の火山のマナ調整はどうなってるのよ!」
美しい赤髪を振り乱し、目の下にクマを作った美女――不死鳥フレアが、山積みの報告書(精霊たちの伝言)と格闘していた。
「何故……何故、私がこんな目にあわなくちゃいけないの!?」
彼女の悲痛な叫びが森に木霊する。
本来、三人で分担していた「世界の維持管理」という超重要業務。それを一人でこなすのは、物理的にも精神的にも限界を超えていた。
「うぅ……胃が……キリキリ痛む……」
フレアは胃薬の原料となる薬草を齧りながら、涙目で書類を処理していく。
「もう3週間も寝てないわ……。残業続きで肌も荒れてきたし、羽毛の艶もなくなってきた……」
不老不死の象徴であるはずのフェニックスが、過労でやつれ果てている。
その原因は明白だ。
「それもこれも! 竜王とフェリルがあの『太郎国』とかいうふざけた名前の場所に行ってからよ!」
フレアが机(岩)をバンッ! と叩く。
「一体あの『太郎』と言うのは何者なの!? 私の同僚たちを次々とたぶらかして、骨抜きにするなんて……邪神の類か何か!?」
怒りとストレスで、彼女の全身から炎が吹き上がる。
「このままでは、不死鳥の私が過労死しちゃうわよ!? 死んでも蘇るけど、精神が死ぬわよ! どんなブラックジョークなわけ!?」
フレアは筆を投げ捨てた。
もう我慢の限界だ。一度、その元凶を目に焼き付けてやらねば気が済まない。
「……見てやるわ。今頃あいつらが何をしているのか」
フレアは聖なる泉の水をかき混ぜ、遠見の術を発動させた。
水面に、遠く離れた太郎国の様子が映し出される。
「どうせ邪悪な儀式でもしているんでしょう……え?」
そこに映っていたのは、予想を裏切る光景だった。
――太郎国、城の中庭。
「さぁ、ジャンジャン焼いてくれ!」
「うひょー! 良い匂い!」
爽やかな青空の下、太郎、デューク、フェリル、そして妻たちが輪になっていた。
中央には、太郎がスキルで出した『大型バーベキューコンロ』が鎮座し、炭火がパチパチと燃えている。
網の上で踊るのは、霜降りのカルビ、分厚いハラミ、そして脂の乗ったホルモン。
ジュウゥゥゥゥ……。
脂が炭に落ち、香ばしい白煙が立ち上る。
秘伝のタレが焦げる匂いが、画面越しに伝わってきそうなほどだ。
「デューク! それ僕が育ててた肉!」
「知らん。焼けた肉は早い者勝ちだ。……ハムッ。うむ、ジューシーだ」
「あぁー! ズルい! ご主人、肉追加!」
「ハイハイ、高級和牛セット追加ね」
「わーい! いただきまーす!」
「ビールが美味いですわー!」
平和。圧倒的平和。そして圧倒的食欲。
そこに世界の危機など微塵も感じられない、ただの幸せな**『焼肉パーティー』**だった。
――聖なる泉。
「…………」
フレアの手がわなわなと震えた。
「な、何なのよ! あれぇ!?」
プツンッ。
フレアの中で何かが切れた。
「わ、私が……私が血反吐を吐きながら、不眠不休で働いてるのに!? あいつらは昼間からビール飲んで、高級肉を食べて、笑い合ってるですってぇぇ!?」
理不尽。あまりの理不尽。
その時だった。
グゥゥゥゥゥゥゥ…………キュルルルル……。
静まり返った聖域に、盛大な音が響き渡った。
フレアがお腹を押さえる。
そういえば、ここ数日、薬草と霞しか食べていない。
「あぁ……お腹が、空いた……」
泉に映る、タレの絡んだカルビ。
デュークが美味しそうに頬張る白米。
それが、過労で弱ったフレアの精神にトドメを刺した。
「……許さない」
フレアの瞳に、地獄の業火が宿った。
「私の仕事を押し付けて、自分たちだけ美味しい思いをするなんて……絶対に許さない!!」
彼女は立ち上がった。
背中から巨大な炎の翼が出現する。
「待っていなさい、太郎国……! その焼肉、私が全部焼き尽くして(食べて)やるわ!!」
空腹と寝不足でブチ切れた不死鳥が、太郎国へ向けて飛び立った。
新たな来訪者の接近を、太郎たちはまだ知らない。




