EP 2
氷と炎の激突、そして最強の牛乳
城下町の路地裏。一触即発の空気が流れていた。
「遊ぶ? 何故、我が貴様のような駄犬と遊ばねばならないのだ?」
デュークは心底面倒くさそうに吐き捨てた。
「我はこれから『家系ラーメン』を食し、ラーメン道を極めるのに忙しいのだ。さっさと失せろ」
「……そうかい」
フェンリルの瞳からハイライトが消えた。
彼はスッと視線をずらし、デュークの隣にいる無防備な人間――太郎を見据えた。
「じゃあ、この飼い主を壊せば、遊んでくれる?」
フェンリルから放たれた純粋な殺気が、太郎の心臓を鷲掴みにする。
「貴様ァッ!!」
デュークの逆鱗が逆立った。黄金の闘気が噴き上がり、路地のゴミ箱が吹き飛ぶ。
「やる気になったかい? じゃあ、向こうでやろう。ここじゃ狭すぎる」
フェンリルはニヤリと笑い、風のように姿を消した。
「万死に値する……! あの駄犬め、後悔させてやる!!」
デュークも地面を蹴り、空へと飛び立った。
取り残された太郎は、冷や汗を拭った。
「……やれやれ。喧嘩の仲裁アイテムを持っていくか」
王都から離れた広大な荒野。
ここならどれだけ暴れても被害は出ない。
「グルルルルォォォォォ……!!」
フェンリルは青年の姿を捨て、本来の姿である巨大な銀狼へと変貌していた。その体躯は山のように巨大で、吐く息だけで大気が凍りつく。
「来い! トカゲ!!」
「吠えるな! 駄犬!!」
デュークもまた、漆黒の竜王の姿となり、空を覆い尽くす。
二つの最強種が激突した。
フェンリルが咆哮すると、その体が無数に分裂した。
氷の分身だ。
何百という銀狼が、高速移動しながら四方八方からデュークに襲いかかる。
「効かんわ! その程度!」
デュークは巨大な尻尾を鞭のように振り回した。
一振りで衝撃波が発生し、分身たちがガラス細工のように砕け散る。
「じゃあ、こんなのはどう!?」
本体のフェンリルが、上空に無数の『氷の魔槍』を生成した。
それは雨のように降り注ぎ、大地を穿つ。
「フハハハ! 温いわ!」
デュークが大きく息を吸い込み、灼熱のブレスを吐き出した。
炎の嵐が氷の槍を瞬時に蒸発させ、フェンリルへと迫る。
ドゴォォォォォォンッッ!!!
氷と炎、絶対的な力がぶつかり合い、地形が変わっていく。
一進一退の攻防は数時間に及び、やがて両者の動きが鈍り始めた。
「ハァ……ハァ……中々やるじゃないか、デューク」
「フン……腕は鈍っていないようだな……ゼェ……ゼェ……」
互いに肩で息をし、睨み合う二体。
そこへ、能天気な声が響いた。
「はーい、お疲れさん。休憩にしようか」
「「む?」」
見ると、太郎がリヤカーを引いて立っていた。
そこには、氷魔法でキンキンに冷やされた『瓶入り牛乳』が並んでいた。
「はい、どうぞ」
太郎はデュークに牛乳を手渡した。
「む? 気が利くではないか」
デュークは人間体に戻り、腰に手を当てて牛乳を一気に飲み干した。
ゴクッ、ゴクッ、プハァッ!
「うむ……戦いの後の牛乳は、また格別だな。美味しい」
「え? 牛乳? 子供の飲み物じゃん」
人間体に戻ったフェンリルが、怪訝そうな顔で瓶を受け取る。
喉が乾いていた彼は、恐る恐る口をつけた。
「ん……?」
冷たくて甘い液体が、火照った体に染み渡る。濃厚なコクと、スッキリとした後味。
「ゴクッ……ゴクッ……プハァーッ!!」
フェンリルの目が輝いた。
「お、美味しい!? なにこれ、僕が知ってるミルクと違う!?」
氷雪大地で飲む凍りそうな水とは訳が違う。
フェンリルは空になった瓶を見つめ、感動に震えた。
「ふん! 感動するのはまだ早いぞ、フェンリル」
デュークが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「これよりもっと、数百倍美味しく飲む方法が有るのだがな?」
「なっ……もっと!? 嘘だろ!?」
フェンリルが食いついた。
「教えろ! 竜王! いや、デューク!」
「ふふふ……。知りたければ付いてこい。……」
デュークはニヤリと笑い、太郎に目配せをした。
太郎も苦笑しながら親指を立てる。
こうして、世界を滅ぼしかねない兄弟喧嘩は、一本の牛乳によって収束し、次なるステージ――「裸の付き合い」へと移行するのであった。




