第三章 世界の秩序
均衡を破る者、家系ラーメンを啜る
竜王デュークが太郎の元に住み着き、ラーメンやサウナ、そして昼寝に興じる堕落した(幸せな)日々を送るようになって数ヶ月。
一見平和に見えるその光景は、しかし、世界のパワーバランスを大きく崩す要因となっていた。
大陸の遥か南方。
決して人が立ち入ることのできない秘境、『聖なる泉』。
虹色の霧がかかるその泉のほとりで、炎の羽衣を纏った美しい女性が、苛立ちに眉をひそめていた。
「……あのアホトカゲ(竜王)は、一体何を考えているの?」
彼女の名はフレア。
太古より生きる伝説の『不死鳥』であり、世界の浄化と再生を司る管理者の一柱である。
「竜王デュークが、太郎とかいう人間の男と契約を結んだ? しかも、その理由が『豚骨ラーメン』と『サウナ』ですって!?」
フレアは持っていた報告書(風の精霊からの伝言)を燃やした。
「ふざけないでよ! 彼が仕事を放り出したせいで、大陸の魔素調整の仕事が全部私に回って来てるじゃない! 最近、肌荒れが酷いのもそのせいよ!」
フレアの怒りの炎が、周囲の森を焼きそうになる。
「……一度、文句を言ってやらないと気が済まないわね」
一方、大陸の最北端。
全てが凍りつく**『氷雪大地』**。
吹雪が吹き荒れる氷の城で、一人の銀髪の青年が退屈そうに大あくびをしていた。
「ふぁ〜あ……」
彼の名はフェンリル。
世界を凍らせる力を持ち、破壊と冬を司る**『狼王』**である。
「退屈だなぁ……。ここ数百年、面白い喧嘩相手もいないし」
フェンリルは氷の玉座でゴロゴロと寝返りを打った。
「デュークとも遊べないし、つまらないなぁ。あいつ、最近人間の国に入り浸ってるらしいけど……」
フェンリルの獣のような瞳がキラリと光った。
「そうだ……遊びに行こう。久しぶりに全力で噛み付いたら、あいつも目が覚めるかも」
ヒュオオオオ……!
次の瞬間、フェンリルの姿は猛吹雪と共に掻き消えた。
そんな世界の激震など露知らず。
太郎国では、今日も平和な時間が流れていた。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うむ。今日のスープの出来は期待できそうだ」
太郎とデュークは、ウキウキとした足取りで城を出ようとしていた。
「いってらっしゃいませ、太郎様」
「お土産、期待していますわ」
見送るサリーとライザが微笑ましそうに囁き合う。
「すっかり仲良くなりましたね、あの二人」
「えぇ、そうですですね。まるで長年連れ添った兄弟のようですわ」
城下町。
太郎国のラーメン文化は日々進化を遂げ、今や様々なジャンルの店が軒を連ねていた。
「で? デューク。今日は何処に行くんだ?」
「うむ、我が最近見つけた店が有るのだ。『家系』ラーメンだがな」
「家系か! こってり豚骨醤油に、太麺、そしてほうれん草と海苔!」
「その通りだ。主よ、ライスを忘れるなよ? スープに浸した海苔でライスを巻いて食う。これぞ正義だ」
「分かってるねぇ〜」
二人はマニアックな会話をしながら、路地裏の赤提灯を目指していた。
すると、向こうから一人の銀髪の青年が、ふらりと歩いてきた。
整った顔立ちだが、その身に纏う空気は絶対零度のように冷たく、鋭い。
「やぁ、竜王。久しぶり」
青年が気安く声をかけた。
デュークが足を止める。サングラスを少しずらし、黄金の瞳で青年を見た。
「ん? 貴様は……フェンリルでは無いか」
「フェンリル!?」
太郎が驚く。神話に出てくる狼の王だ。またとんでもないのが現れた。
「今まで何処に行ってたんだよ、デューク」
フェンリルは拗ねた子供のように頬を膨らませた。
「僕は遊び相手が居なくて、つまらかったんだぞ? ずっと氷の城で寝てたんだから」
「我は忙しいのだ。今は『麺・硬め、味・濃いめ、油・多め』の事しか考えられん」
デュークが素っ気なく通り過ぎようとする。
しかし、フェンリルはその前に立ちはだかり、ニヤリと笑った。その笑顔からは、純粋ゆえに恐ろしい殺気が溢れ出していた。
「つれないなぁ。……さぁ、デューク。僕と遊ぼうよ。昔みたいに、大陸の一つや二つ、消し飛ばすくらいの喧嘩をしよう?」
フェンリルの足元から、パキパキと地面が凍りつき始める。
ラーメンを食べる前に、国が氷河期になりそうな緊急事態。
太郎は冷や汗を流しながら、この「究極の兄弟喧嘩」をどう止めるか、必死に頭を回転させた。
「(ま、まずは……ラーメンで釣るしかないか!?)」
世界の管理者たちが集結しつつある太郎国。
その秩序は、一杯のラーメンにかかっていた。




