EP 33
波打ち際の竜王と、戦慄のリヴァイアサン
ラーメン屋台での激闘(商売)を終え、臨時収入を得た太郎一行は、骨休めのために大陸南部の港町『サザン・ビーチ』へとバカンスに来ていた。
「う〜ん! 最高!」
突き抜けるような青い空、どこまでも広がるエメラルドグリーンの海。
太郎は海パン一丁でビーチベッドに寝転がり、潮風を浴びていた。
「とーと! お城つくったの!」
「パパ……みて。カニ」
波打ち際では、陽奈と月丸がキャッキャと砂遊びをしている。
そのすぐ近くでは、大胆なビキニ姿のサリーと、パレオを巻いたライザがパラソルの下で優雅に日光浴を楽しんでいた。
まさに平和の極み。太郎が求めていたスローライフがここにあった。
……はずだった。
ザバアァァァァァァッ!!!
突如、沖合の海面が爆発したかのように盛り上がった。
平和なビーチに悲鳴が響き渡る。
「な、なんだ!?」
太郎が飛び起きると、そこには悪夢のような光景があった。
全長100メートルを超える巨大な海竜。青黒い鱗に覆われ、鋭い牙を持つ海の覇者、『リヴァイアサン』が現れたのだ。
「グオオオオオオオオッ!!」
咆哮と共に巨大な津波が発生しそうになる。
「リヴァイアサン!? 海のSランク魔物かよ!」
「子供たちを下がらせて!」
「チッ、せっかくの休日だというのに!」
サリーとライザが瞬時に戦闘態勢に入り、武器を構える。
太郎も『雷霆』を取り出した。相手は海の中、地の利は向こうにある。
死闘は必至か――緊張が走った、その時。
「……やかましい」
ビーチの特等席から、不機嫌そうな低い声が響いた。
そこには、派手なハイビスカス柄の『アロハシャツ』を着て、サングラスをかけ、ビーチチェアでくつろぐ初老の男――竜王デュークがいた。
「リヴァイアサンか……。何の用だ? 我の昼寝を妨げるとは」
デュークがサングラスを少しずらし、ギロリと海竜を睨みつけた。
たったそれだけの動作で、リヴァイアサンの動きがビクッと止まった。
「ア、アア……ッ!?」
リヴァイアサンの目に、恐怖の色が浮かぶ。
その男から発せられる、種族の頂点に立つ者だけが持つ圧倒的な「格」を感じ取ったのだ。
「り、竜王デューク様でいらっしゃいましたか!? ひぃぃっ!」
リヴァイアサンは急激に体を縮こまらせ、荒波を立てないように静止した。
「えっと、その……! この海域に強大な気配を感じましたので、ご、ご挨拶に伺ったまでにございます!」
さっきまでの威圧感はどこへやら。リヴァイアサンは、社長の休暇先にうっかり出くわしてしまった新入社員のように狼狽していた。
「そうか。……だが、今は見ての通りだ」
デュークは手元のサイドテーブルにある、飾り切りの果物が乗ったジュースを指差した。
「我は今、この『トロピカルジュース』を飲むのと、甲羅干しで忙しいのだ。……さっさと失せぬか」
「は、はい! 大変失礼致しましたぁぁっ!」
リヴァイアサンは何度も頭を下げ(海面にお辞儀し)、そそくさと沖へ帰ろうと身を翻した。
「――待て」
ズズッ、とジュースを啜りながら、デュークが短く告げた。
その一言で、リヴァイアサンはビクゥッ! と硬直した。
「ひぃッ!? な、何でしょうか!?」
デュークはゆっくりとサングラスを外し、黄金の瞳で海竜を射抜いた。
「貴様……。我の主とその家族に威嚇をしておいて、何の詫びもせずに帰るつもりか?」
「ッ!!」
リヴァイアサンの顔色が青を通り越して白くなった。
「め、滅相も有りません!! ど、どうかお許しをぉぉ!!」
リヴァイアサンは慌てて口を大きく開けると、胃袋(亜空間)からゴボゴボと何かを吐き出した。
ザララララララッ!!
砂浜に積み上げられたのは、深海に沈んでいたであろう海賊船の財宝や、巨大な真珠、希少な珊瑚の山だった。
「こ、これ! ほんの気持ちですがお納めください! では失礼しますぅぅぅ!!」
リヴァイアサンは脱兎のごとく、水しぶきを上げて水平線の彼方へと逃げ去っていった。
後に残されたのは、呆然とする太郎たちと、山のようなお宝だけ。
「す、凄いな……こんなに」
太郎が金貨の山を見つめる。
「あら〜、綺麗な真珠。これ、最高級のブラックパールですわよ」
「この金塊だって美しいですわ。魔剣の装飾に使えそうです」
サリーとライザが目を輝かせて品定めを始めた。
バカンス代どころか、城がもう一つ建ちそうな金額だ。
「ふん。騒がしい奴だ」
デュークは興味なさそうに鼻を鳴らすと、再びサングラスをかけ、トロピカルジュースのストローを咥えた。
「……主よ。氷が溶けてきた。追加を頼む」
「はいはい、ただいま」
最強の用心棒(アロハシャツ着用)のおかげで、太郎たちのバカンスはより一層豪華で、優雅なものになることが確定したのだった。




