EP 31
激突! ラーメン三國志 〜醤油・塩・豚骨の乱〜
とある日の午後。
城の厨房に、意外な人物が姿を現した。
「サクヤよ……。我に、ラーメンの作り方を教えるのだ」
腕を組んで仁王立ちするのは、竜王デューク。
その目は、かつて神代の戦争で見せた時よりも真剣だった。
「あら、デューク様。食べる専門ではなく、作られるのですか?」
王宮料理長のサクヤが包丁を置き、微笑む。
「うむ。あの『トンコツ』の衝撃が忘れられん。我の手で、あの黄金のスープを再現したいのだ」
「構いませんよ。ちょうど私も、エルフの味覚に合う繊細なラーメンを開発したいと思っていたところです」
二人が麺打ちの準備を始めた、その時。
「待ったァァァァァ!!」
厨房の勝手口が勢いよく開いた。
エプロンと三角巾を装着した太郎が、燃えるような瞳で立っていた。
「た、太郎様?」
「聞いたぞ二人とも! ラーメン作りだと!? ラーメン愛なら、僕だって誰にも負けないぞ!」
太郎は厨房に入り込んだ。
「僕の『現代知識』と、サクヤの『技術』、そしてデュークの『火力』……。これらを合わせれば、伝説の一杯が作れるはずだ!」
こうして、種族を超えた奇妙な「ラーメン研究会」が発足した。
それからの数日間、城の厨房は戦場と化した。
小麦粉の配合、かんすいの比率、出汁の温度管理。
三人は寝る間も惜しんで、鍋と向き合った。
「麺のコシが甘い! もっと打つのだ!」
「スープの濁りは心の濁りですわ! アクを取りなさい!」
「隠し味に100円ショップの『魚粉』を投入!」
互いに高め合い、切磋琢磨し、ラーメンの道を極めていく三者。
しかし……知識と技術が深まるにつれ、決定的な亀裂が生じ始めた。
ある日の試食会。
鍋を囲んだ三人の空気が凍りついた。
「……何を言ってるんだ? ラーメンと言えば**『醤油』**だろ!? 鶏ガラベースに香り高い醤油ダレ。これぞ王道、これぞ故郷の味だ!」
太郎が寸胴を叩いて主張する。
「いいえ、違います」
サクヤが冷ややかに首を振る。
「素材の味を極限まで引き出す**『塩ラーメン』**こそが至高です。透き通るような黄金色のスープ……それこそが洗練された美の答えです」
「愚か者どもめ」
デュークが鼻で笑った。
「何を言ってるのだ? ガツンとくる獣の脂! 髄まで溶かし尽くした白濁スープ! **『豚骨ラーメン』**こそが究極であり、最強のラーメンだ!」
三人の視線がバチバチと火花を散らす。
譲れないこだわり。それはもはや宗教戦争にも等しい対立だった。
「ならば! 己の究極のラーメンを作り、皆に決めて貰おうじゃないか!?」
太郎が宣戦布告する。
「良いでしょう。私の『塩』で、貴方達の舌を浄化してあげます」
「望む所だ。我の『豚骨』で、ひれ伏させてくれるわ」
ここに、第一回・太郎国ラーメン選手権の開催が決定した。
決戦の日。
城の食堂には、審査員としてサリー、ライザ、ヒブネ、マルスの四名が座っていた。
目の前には、三つのドンブリが湯気を立てている。
エントリーNo.1:太郎作
『哀愁の昭和ノスタルジー・特製中華そば(醤油)』
太郎のスキルで取り寄せた高級醤油と、鶏ガラ、煮干しを合わせた、昔懐かしくも奥深い一杯。
エントリーNo.2:サクヤ作
『幻の黄金清湯・岩塩仕立て(塩)』
エルフの秘薬とも言われる湧き水と、厳選された岩塩、そして魔法で熟成させた丸鶏のスープ。
エントリーNo.3:デューク作
『暴虐の超濃厚・ドラゴン・トンコツ(豚骨)』
竜の炎で一瞬にして骨を粉砕・乳化させた、ドロドロになるまで旨味を凝縮した破壊力抜群の一杯。
「いざ、実食!」
審査員たちが麺をすする音が、食堂に響く。
ズズッ……ズズズッ……。
静寂の後、審査員たちが顔を上げた。
「ん〜っ! 醤油ラーメン、あっさりしてるけどコクがあって好きよ! 毎日でも食べられそう!」
サリーが太郎に微笑む。
「いいえ、この塩ラーメンの完成度は凄まじいですわ。シンプルだからこそ誤魔化しが効かない。中々に美味しいです」
ライザはサクヤの器を空にした。
「いやいや、この豚骨ラーメンのパンチ力も負けてないわよ。仕事の後の疲れた体に染み渡るわ」
ヒブネはデュークのスープを飲み干した。
「どれも美味しゅうございますなぁ。甲乙つけ難い……」
マルスは三杯とも完食し、満足げに腹をさすった。
判定の結果は――「全員優勝(引き分け)」。
「みんな違って、みんな良い」。
平和な太郎国らしい、大団円の結末……のはずだった。
厨房の裏口。
三人の料理人は、夕日を背に並んで座り込んでいた。
「……満足か?」
デュークが低く唸る。
「まさか」
サクヤが唇を噛む。
「まだだ! こんな結果に満足してたまるか!」
太郎が拳を握りしめた。
「美味しい」と言われたことは嬉しい。だが、彼らが求めていたのは「妥協なき頂点」だ。
誰が一番美味いのか。その答えが出るまで、彼らの戦いは終わらない。
「醤油のキレが足りなかったか……」
「塩のミネラル分を調整する必要がありますね……」
「豚骨の粘度が甘かったか……」
三人の瞳には、狂気にも似た探究心の炎が燃え上がっていた。
「……ラーメン道に、終わりは有りませんね」
「えぇ。もっと高みを目指すぞ」
「我に続け! 今度はスープに『竜の涙』を入れてみる!」
「僕は100円ショップで『究極の味の素』を探してくる!」
審査員たちが満腹で動けなくなっている間に、ラーメン馬鹿たちの果てなき旅路は、第二章へと突入しようとしていた。
太郎国の国民が、全員肥満になる未来も、そう遠くないのかもしれない。




