EP 30
地獄のサウナスーツと、哀れな魔獣ガルム
とある平和な午後のティータイム。
太郎は、美味しそうにショートケーキ(サクヤ特製)を頬張るサリーとライザを見て、ふと思った。
(……あれ? 二人とも、ちょっとふくよかになってないか?)
幸せ太りというやつだろうか。二の腕や腰回りに、以前よりも柔らかな丸みを感じる。それはそれで魅力的だが、健康面を考えると少し心配だ。
しかし――。
(「ねぇ、太った?」なんて言ったら……殺される)
太郎の野生の勘が警鐘を鳴らした。
その言葉は禁句。発した瞬間に、氷漬けにされるか、微塵切りにされる未来しか見えない。
(ならば……ちょっとギルドに誘って、軽く汗を流してダイエットに持ち込めば良いのでは? 僕も運動不足だし、一緒に痩せれば一石二鳥だ!)
名案だ。太郎は早速ウィンドウを開き、100円ショップの秘密兵器『発汗! 燃焼系サウナスーツ(銀色)』を取り出し、服の下に着込んだ。
「ねぇ、二人とも。久しぶりにギルドで依頼を受けて、軽く体を動かさないかい?」
「あら、良いですわね!」
「行きます! ちょうど体が鈍っていましたの」
作戦成功。二人はノリノリだ。
しかし、玄関を出ようとした時、背後から野太い声が掛かった。
「む? 出かけるのか? ならば我も行くぞ」
「えっ、デュークも?」
最強の居候、竜王デュークまで付いてきてしまった。
冒険者ギルド。
カウンターの奥から出てきたギルドマスターのヴォルフは、その一行を見て泡を吹きそうになった。
「た、太郎さん……あんた、嫁さん(王妃様)まで連れて来たのか!? しかも、その後ろにいるのは……竜王様!? もう何でも有りかよ!?」
「やぁお義父さん。今日は家族サービスでね」
太郎が銀色のサウナスーツをシャカシャカ言わせながら笑う。
ヴォルフは胃薬を飲み込みながら、依頼書を広げた。
「はぁ……。で、何を受けるんです?」
「我を楽しませる依頼を出せ」
デュークが尊大な態度で口を挟む。
「り、竜王様を楽しませる依頼なんて、この世の終わり(世界滅亡級)じゃないですか!?」
ヴォルフが涙目になる。太郎は慌てて、Fランクの依頼書を指差した。
「まぁまぁ、これなんか良いんじゃないか? 『ゴブリン退治』。森を散歩がてら……」
「ふざけるな。何故ゴブリン等と遊ばなければならないのだ? 我のプライドに関わる」
デュークが一蹴した。
すると、ライザが掲示板の上の方にある赤い依頼書を剥がし取った。
「これなんて面白そうですわ。『変異種ガルム討伐』。場所も近いですし」
「ガルム!? Sランク魔獣じゃないか!」
ヴォルフが叫ぶ。地獄の番犬とも呼ばれる、三つの首を持つ巨大な狼だ。
「あら〜、良いわね! モフモフしてそうですし!」
サリーも賛同した。
「えっ!?(いや、サウナスーツ着てるんだけど!)」
太郎の悲鳴は誰にも届かず、一行はガルムの巣食う岩山へと向かうことになった。
岩山の中腹。
太陽が照りつける中、太郎は既に死にかけていた。
「あ、暑い……」
シャカシャカ……シャカシャカ……。
動くたびにサウナスーツが熱を閉じ込め、体感温度は50度を超えている。滝のような汗が止まらない。
「グルルルルォォォォォ!!」
そこへ、巨大な影が現れた。
体長10メートル、赤黒い毛並みに三つの首を持つ魔獣、ガルムだ。
その口からは溶岩のようなよだれが垂れている。
「出ましたわね! 行きますわよ、ライザ!」
「えぇ、サリー! 太郎様とデュークは見ていて下さい!」
二人が飛び出した。
ガルムが中央の口から灼熱の火炎ブレスを吐き出す。
ボォォォォォォ!!
「熱っ!? 熱い熱い熱い!!」
直撃はしていないが、周囲の気温が急上昇したことで、太郎のサウナスーツ内は蒸し風呂状態(ロウリュウ直後)になった。
「あぁ、良い熱気だ。サウナのようだな」
デュークだけが涼しい顔で腕を組んでいる。
「こっちは死ぬよ!」
太郎が叫んでいる間に、ライザが炎を切り裂いて突っ込んだ。
「遅いですわ! 『旋風斬』!!」
ズババババッ!!
目にも止まらぬ速さで、ガルムの右の首が一瞬にしてハゲ山のように毛を刈り取られた。
「ギャウンッ!?」
「あら、暑そうですわね。涼しくしてあげます!」
サリーが杖を振る。
「『アイス・コフィン(氷の棺)』!!」
パキィィィィン!!
ガルムの左の首と胴体が、一瞬にしてカチコチに凍りついた。
右は丸刈り、左は凍結。残るは中央の首だけだ。
「グ、グルル……ッ(な、なんだコイツら……!?)」
ガルムの目に涙が浮かんだ。
Sランク魔獣の威厳など欠片もない。ただの虐めだ。
中央の首が、助けを求めるように、一番弱そうな銀色の男(太郎)を見た。
「こ、こっち見んな!」
太郎は暑さで朦朧としながら、とっさにアイテムを取り出した。
『瞬間冷却スプレー(徳用)』。
「これでも食らえぇぇぇ!!」
シューーーーーッ!!
太郎はガルムの鼻先に向けて、冷却ガスを噴射した。
「くちゅんッ!!」
ガルムが盛大なクシャミをした。
その隙を見逃す妻たちではない。
「隙ありですわ!」
「トドメよ!」
ドガァァァン!! ズドォォォン!!
サリーの爆裂魔法とライザの柄打ちが同時に炸裂。
ガルムは白目を剥いて沈黙した(気絶)。
「ふぅ、良い運動になりましたわ!」
「程よく汗をかきましたね」
二人は爽やかな笑顔でハイタッチをした。
一方、太郎はサウナスーツの襟元から大量の汗を流し、干からびたミイラのようになっていた。
「み、水……」
その夜。
激しい運動(?)を終えた一行は、城で夕食を囲んでいた。
「運動の後のご飯は美味しいですわ〜!」
「お肉が進みますね!」
サリーとライザは、消費したカロリーを取り戻すかのように、ステーキをおかわりしていた。
「(……プラマイゼロ、いやプラスだな)」
太郎はゲッソリした顔でサラダを齧った。
自分の体重だけが3キロ減ったが、それは全て水分である。
妻たちのダイエット計画は失敗に終わったが、彼女たちの幸せそうな笑顔を見れたので、良しとする太郎であった。




