EP 29
決闘! 最強の妻たち vs 伝説の竜王
城内の不協和音は、ついに限界点を突破した。
ある晴れた日の午後、中庭でお茶を飲んでいた太郎とデュークの前に、フル装備のサリーとライザが立ちはだかった。
「デューク! 貴方に決闘を申し込みます!」
サリーが杖を突きつけ、高らかに宣言した。
その瞳には、かつて魔王軍を震撼させた「氷の魔女」としての冷徹な光が宿っている。
「ちょっと!? いきなり何を言い出すんだい!?」
太郎が慌てて割って入ろうとするが、サリーは鋭い視線で夫を制した。
「太郎様は黙っていて下さい! これは私達と、この『災厄』との決闘です!」
「そういうことです」
ライザが一歩前に出る。その手には、白銀に輝く『真・竜殺しの魔剣』が握られている。
「デューク! 私達が勝てば、貴様は潔く太郎国から去る! 二度と太郎様と子供達に近づくな!」
「……ほう。で、我に負ければ?」
デュークが面白そうに片眉を上げる。ライザは決死の覚悟で答えた。
「もし……もし私達が負ければ、総力を持って貴様を討ち倒す! この命に代えても!」
それは「決闘」という名の排除通告だった。
母として、妻として、家族を脅かす可能性のある最大のリスクを、今ここで摘み取るという悲壮な決意。
「フッ……良かろう。退屈凌ぎにはなりそうだ。かかってくるが良い」
デュークが立ち上がると、その姿が一瞬で膨れ上がった。
ドォォォォン!!
紳士の姿から、空を覆う巨大な漆黒の竜――本来の竜王の姿へと変貌する。
その圧倒的なプレッシャーに、城の窓ガラスがひび割れた。
「行きます! 氷よ! 氷河の息吹きとなり、かの者に絶対零度の嵐を!」
サリーが上空へ飛翔し、詠唱を完了させる。
「『ブリザード(絶対零度)』!!」
サリーの杖から放たれたのは、全ての原子活動を停止させる凍てつく暴風。
空間ごと凍結させる白銀の嵐が、竜王の巨体を飲み込んだ。
「……まぁまぁだな」
しかし、氷の霧が晴れると、デュークは涼しい顔でそこにいた。
鱗の表面が僅かに霜で白くなった程度。竜王の魔法耐性は規格外だった。
「行くぞ! 剣技! 『竜牙斬り』!!」
間髪入れず、ライザが突っ込んだ。
全身の闘気を魔剣に纏わせ、ドラゴンの鱗を断ち切るために特化した渾身の一撃を放つ。
ガキンッ!!
金属音が響き渡る。
ライザの目は驚愕に見開かれた。
「何!? 私の剣を……受け止めた!?」
必殺の魔剣は、デュークの人差し指(爪)一本によって止められていた。
「小賢しい。人間にしては良い太刀筋だが、我に届くほどではない」
デュークが軽く爪を弾くと、ライザは衝撃波で後方へと吹き飛ばされた。
強い。強すぎる。
次元が違う存在だということを、二人は痛感させられた。
「くっ……! まだです!」
「えぇ、終わりませんわ!」
一進一退――いや、二人の猛攻をデュークが遊び半分で受け流す攻防が続いた。
焦りが頂点に達した時、二人は視線を交わし、頷いた。
これ以上は、出し惜しみできない。
「行きます! 究極魔法! 『プロミネンス(太陽の劫火)』!!」
サリーが全魔力を解放する。上空に擬似的な太陽が出現し、灼熱の熱波が地上を焼き尽くそうとする。
「この一撃に……全てをかける!!」
ライザが魔剣を構え直す。その刀身が、彼女の生命力を吸い取り、禍々しいほどの輝きを放ち始めた。
それを見たデュークも、ニヤリと笑った。
「フハハハ! 面白い! ならば我も応えよう!」
デュークが大きく口を開けた。
口腔内に、世界を滅ぼすほどの闇のエネルギーが収束していく。
「『アルティメット・バースト(竜王の咆哮)』!!」
三つの破壊の力がぶつかり合えば、太郎国はおろか、大陸の形が変わる。
まさに衝突の瞬間――。
「やめるんだッ!!」
一人の男が、爆心地へと飛び込んだ。
「「太郎様!?」」
「むぅ?」
太郎は武器も構えず、サリーたちの魔法と、デュークのブレスの射線上に両手を広げて立ちはだかった。
「何故こんな事をするんだ!? やめてくれ!」
サリーが悲痛な声を上げる。魔法を強制解除し、その反動でよろめきながら叫んだ。
「でも……デュークは! いつか太郎様や国や、我が子達を滅ぼしてしまうのですよ!? 今倒さなければ、貴方が危ないんです!」
彼女たちの暴走の根源は、全て太郎への愛と不安だった。
「デュークは違う! 大丈夫だから!」
太郎は真っ直ぐに妻たちを見つめた。
「彼はただの、美味しいものが好きで、サウナが好きで、寂しがり屋の友達だ! 僕が保証する!」
「そ、そんな……。保証なんて……」
ライザが剣を下ろし、膝をつく。言葉だけでは、長年の恐怖は拭えない。
その時、二人の援軍が現れた。
「……奥方様方。及ばずながら、私からも証言させていただきます」
宰相マルスが、書類の束を抱えて進み出た。
「デューク様は城に居る際にも、特に問題行動を起こしておりません。むしろ、厨房の残り物を片付けたり、中庭の草むしり(昼寝の寝返りで潰した)を手伝ったりと、落ち着いて過ごされています」
「えぇ。いつも太郎様と一緒に、馬鹿話をしながら仲良く過ごされてますよ」
ヒブネも槍を担いで現れた。
「竜王というよりは、ただの『気のいい食いしん坊』です。殺気など一度も感じたことはありません」
客観的な事実。そして何より、太郎がここまで体を張って守ろうとしている事実。
それが、サリーとライザの強張った心を溶かしていった。
「いざという時は、僕が止めるから!」
太郎は力強く宣言した。
「君たちも、国も、子供たちも。そしてデュークも。僕が全員守る。……だから、僕とデュークを信じて欲しい」
長い沈黙の後。
サリーは杖を下ろし、深くため息をついた。
「……わ、分かりましたよぉ。太郎様がそこまで仰るなら」
「本当に……本当に止めて下さいね? もし何かあったら、私達が許しませんから」
ライザも魔剣を鞘に納めた。
「うん! まっ、そんな事にはならないけどね。……なっ! デューク?」
太郎が振り返り、親指を立てる。
巨大な竜王は、鼻からフンと煙を吐き出した。
「ふん。主がそう言うなら、我も牙を収めよう」
光と共に体が縮小し、デュークは再び初老の紳士の姿に戻った。
そして、気まずそうに、しかし少し嬉しそうに呟いた。
「……それに、ここを追い出されたら、あの豚骨ラーメンが食えなくなるからな」
その一言で、その場の緊張が完全に解けた。
最強の妻たちによる反乱は、太郎の愛と、ラーメンの力によって鎮圧されたのだった。




