EP 28
最強の妻たちの帰還、そして消えぬ疑念
数日後。
太郎国の城門が、轟音と共に開かれた。
「ただいま戻りましたわ! 太郎様!」
「遅くなりました、太郎様!」
城に入ってきたのは、修行の旅を終えたサリーとライザだった。
だが、その姿は出発前とは明らかに異なっていた。
サリーの周囲には、空間を歪めるほどの高密度な魔力が紫電のように迸り、その瞳は深淵の魔女のように輝いている。
ライザの腰には、ドワーフの名工ガンダフが魂を込めて打ち直した『真・竜殺しの魔剣』が帯びられ、鞘に収まっていてもなお、竜種を切り裂く鋭い冷気を放っていた。
「あのトカゲ……いえ、デュークは今どこですの!?」
「太郎様が食い殺される前に、私達が引導を渡してくれます!」
二人は並々ならぬ闘志を抱き、殺気立ってリビングの扉を蹴破った。
バンッ!!
「覚悟なさい、竜お――」
しかし、二人の言葉は喉の奥で止まった。
目の前に広がっていたのは、予想だにしない光景だったからだ。
「お、お帰りー。二人とも早かったね」
「む、帰ったか。主よ、この『サキイカ』というツマミ、噛めば噛むほど味が出るな」
ちゃぶ台を囲み、浴衣姿でリラックスした太郎とデュークが、仲良く晩酌をしていたのだ。
テーブルには空になった徳利と、スルメや缶詰が散乱している。
「……は?」
サリーの杖から漏れていた殺意の波動が霧散する。
「……え?」
ライザが抜きかけた魔剣を、カチンと鞘に戻す。
「二人とも、修行お疲れ様! ちょうど良かった、こっちで一緒に飲まない?」
太郎が屈託のない笑顔で手招きする。デュークも「嫁御たちもどうだ?」と盃を差し出してくる。
あまりにも平和で、あまりにも日常的な光景。
張り詰めていた糸がプツンと切れた二人は、呆気に取られて顔を見合わせた。
「……い、いえ。旅の汚れを落としてきますわ」
「そ、そうね。また後で……」
二人は逃げるようにその場を退いた。
戦う理由は、そこには無かった――ように見えた。
その夜。
太郎とデュークの寝息が聞こえる頃、サリーとライザは自室ではなく、子供たちの寝室にいた。
スヤスヤと眠る陽奈と月丸の寝顔を見つめながら、二人の表情は晴れなかった。
「……太郎様は、お優しいから」
サリーがポツリと呟いた。
彼女の手は震えていた。究極魔法を習得してもなお、拭いきれない恐怖がある。
「あの方が、ただの食いしん坊な老人なら、どんなに良かったことか。太郎様は、相手の本質が良いものだと信じすぎています」
「えぇ」
ライザも頷き、窓の外、デュークが眠る客室の方角を睨みつけた。
「ですが、奴は『竜王』です。太古より世界を監視し、時には破壊してきた災害そのもの。今は豚骨ラーメンとサウナで機嫌を取れていますが……もし、ふとした拍子に機嫌を損ねたら?」
ライザは想像して身震いした。
竜王がその気になれば、ブレス一発でこの城は灰になる。
太郎様を、太郎国を、そして愛する我が子を一瞬で滅ぼしてしまう力を持っているのだ。
「飼い慣らされた猛獣ほど、恐ろしいものはありません」
「……えぇ。私達が目を光らせておかないと」
二人の間に流れる空気は重かった。
夫への愛と、家族を守りたいという母性。それが強すぎるが故に、彼女たちは「平和な現状」を素直に受け入れられない。
(もしもの時は、私が……)
(刺し違えてでも、子供たちと太郎様だけは……)
暗闇の中で、二人の決意は鋭く研ぎ澄まされていく。
太郎とデュークの友情、そして妻たちの警戒心。
この二つの感情の不協和音は、静かに、しかし確実に城の中に響き続けていた。




