EP 26
竜王の昔話と、深夜の仁王立ち
「サウナの後のビールは、神の飲み物だな……」
「うむ。このシュワシュワした喉越し、悪くない」
城下町の路地裏にある、赤提灯が灯る大衆酒場。
太郎とデュークは、木製のテーブルを挟んでジョッキをぶつけ合っていた。
テーブルには太郎が出した『缶詰のおつまみ(焼き鳥・サバの味噌煮)』が並んでいる。
「ぷはぁ! ……そうか、竜王ってのも大変なんだな」
太郎はほろ酔い気分で、目の前の最強生物に同情した。
先ほどまでデュークが語っていたのは、世界の均衡を保つ「調停者」としての激務の愚痴だった。
「うむ。人間や魔族が少し暴れる程度なら捨て置くが、大陸が沈むレベルの喧嘩になると仲裁に入らねばならん。しかも最近の若い竜は礼儀を知らんし……気苦労が絶えんのだ」
「中間管理職みたいだね。……僕もさ、ルチアナだっけ? あのジャージ着た女神のせいでトラックに押し潰されて、異世界転生して太郎国の王様やってるからなぁ。苦労してるよ」
太郎が何気なく女神の名を出すと、デュークの手がピタリと止まった。
「……ルチアナ、か。懐かしい名だな」
デュークが遠い目をした。
「創世記にな、女神ルチアナと邪神デュアダロスとの戦いがあったのだ。その時、我と『狼王』と『不死鳥』がルチアナに加勢したのだ。……もう数万年前になるか、古い付き合いだ」
「えっ!? そんな事があったのか」
太郎は驚いた。あのジャージ女神、意外と武闘派だったらしい。
「それから、天使、魔族、竜人族の三つ巴の戦いがあってな。世界は何度も荒廃した。今は人間、獣人族、魔族の覇権争いが続いているが……まぁ、我には関係ない事だがな」
デュークは焼き鳥の缶詰をつまみながら、淡々と語る。
それは教科書には載っていない、この世界の真実の歴史だった。
「そうなのか? ……色々あったんだな」
「あぁ。そういえば……」
デュークはニヤリと笑った。
「ルチアナの奴、長きにわたる世界の管理に飽きてな。貴様のように異界の魂を呼び寄せ、『ユニークスキル』を与えて野に放つ趣味があったな」
「趣味って……! 僕の人生、暇つぶし!?」
「あいつは酒が好きだからな。酔った勢いで世界をいじる癖がある。……たまに人間の街の飲み屋にお忍びで来る事も有るぞ」
「マジかよ……」
太郎は頭を抱えた。自分の運命が、酔っ払い女神の道楽だったとは。
「まぁ、色々大変だったな。主よ」
「……あぁ。お互い様だよ、デューク」
二人はグラスを掲げた。
種族も寿命も違うが、今は「苦労人」としての絆が二人を結んでいた。
宴もたけなわ、日付が変わる頃。
太郎とデュークは千鳥足で城へと帰還した。
「いやぁ、飲んだ飲んだ。楽しかったな、デューク」
「うむ。サバのミソニ、あれは傑作だった」
上機嫌で城の廊下を歩く二人。
しかし、リビングの扉を開けた瞬間、酔いが一気に覚めるほどの冷気が吹き荒れた。
「「…………」」
薄暗い部屋の中に、二つの影が仁王立ちしていた。
腕を組み、冷ややかな笑顔を浮かべるサリー。
剣の柄に手を置き、無表情で見下ろすライザ。
「た、太郎様?」
サリーの声が、鈴の音のように美しく、そして恐ろしい。
「随分と機嫌がよろしいですわね。……こんな夜遅くまで、城下で何をしていたのですか?」
「ま、まさかとは思いますが……」
ライザが一歩踏み出す。チャキッ、と剣が少し鞘から出た音がした。
「女と遊んでたのでは? 最近、羽振りが良いようですし、城下の酒場には可愛い看板娘がいる店も多いと聞きますが?」
「ち、違う!!」
太郎は全力で首を振った。
背後でデュークが「我は関係ない」とばかりに気配を消そうとしている。
「デュークと! デュークとサウナに入って飲んでただけさ! 男同士の付き合いだよ!」
「サウナ? おじ様と二人で裸の付き合いをして、その後に酒盛りですか?」
「……随分と仲がよろしいことで」
疑いは晴れたが、別の意味で呆れられた。
「まぁ、女遊びでないなら許しますわ」
「ですが、黙って夜遊びは感心しませんね。次は私達も連れて行ってください」
「は、はい! すみませんでした!」
太郎がジャンピング土下座を決めると、ようやく二人の殺気が収まった。
デュークはこっそりと呟いた。
「……主よ。ルチアナや邪神よりも、貴様の妻たちの方が恐ろしいのではないか?」
「しっ! 聞こえるよ!」
こうして、世界の秘密を知った夜は、最強の妻たちへのお詫び(マッサージ)で更けていくのだった。




