ばまじょ
「あやちゃん、ほら、あっち」
けんちゃんが指さすほうに、おばあちゃんが見えた。いつもの赤いサンダルはいて、杖ついて。何やらぶつぶつ言いながら公園に入ってきているところ。
そうなの、ひまわり組のこどもならみんな知ってる、あのばまじょ。
「ふう、どっこらしょ」
と、ベンチに腰かける。となりの女の人、ベビーカーをばまじょから遠ざけた。
ばまじょは財布を出して、なかのコインをかき回しはじめた。ジャカジャカ。コインが、あふれて地面に転がる。ばまじょがひろう。女の人もひろって、ばまじょに手渡した。
「ありがとう」
「いっ、いえ」
女の人は、ベビーカーを押して去っていく。
きのうもおとといもその前も見た光景。ばまじょは何のためにあんなことするのかしら。
ある日、みんなで鬼ごっこしていたときのこと、わたし、ばまじょに気づかなくて、思い切りぶつかってしまったの。ばまじょ、その場に倒れて、「いてててっ」って。
わたし、立ったまま、何も言えなかった。
「あやちゃん、逃げろ。ほっときゃいいんだよ。魔女だから死んだりなんかしない」
と、けんちゃん。
わたし、あわてて逃げちゃった。
ばまじょ、けがしちゃったかも。わたし、ごめんって言ってない。言わなくちゃ。
次の日の公園、しょっちゅうベンチの方を見たけど、ばまじょはいなかった。
その次の日は雨、次の次の日も。家でテレビ見たり絵本見たり。けど、ぜんぜん頭に入らない。ばまじょのことが気になって。
ばまじょ、公園にいるかも知れない。雨の中、コイン転がしてひろって、また転がしてひろって、そんなことしてるかも知れない。
公園には誰もいなかった。地面はぐちゅぐちゅ、ベンチはびちゃびちゃ、ブランコもシーソーもジャングルジムも。
ばまじょはいつもあっちからやってくる。ばまじょのおうち、あっちのほうかも。そうよ。おうちに行ってみよう。
知らない道を歩いた。傘さしてると大人の足しか見えない。でも、ばまじょがいればわかる。赤いサンダル見ればわかるから。
ええと、この道はどっち? たぶんこっち。この道は? あっちかも。
急に暗くなってきた。もうあきらめて帰ろうかしら。ママ、怒ってるかもしれないし。
あれ、どっちから来たんだっけ。公園はあっち? こっち? わかんない。どうしよう。
突然、空が光った。ドドドーン。雷さんだ。いやだ、いやだ、待ってよ、おうち帰るまで。ママーッ、ママーッ!
「どしたん」
と、傘の上から声がした。見上げると、ばまじょが立っていた。わたしと目があった。こわい。たぶんあのときのこと、怒ってる。でも、逃げちゃだめ。あやまんなきゃ。
「あっ、あの、あの、ごめ……」
「あっ、そうじゃ、確か……」
わたしの声をさえぎって、ばまじょは、財布を出して何やらごそごそはじめた。なにするの。こんなとこでコインばらまかないで。びちゃびちゃになって探せないよ。
「これ、おまんの。あやちゃんのじゃろ」
ばまじょの手にはストラップ。わたしがスカートにつけていたものだ。どこでなくしたのかと思ってたけど、あのとき、ばまじょがひろってくれていたんだ。
「あ、ありがとう。でもなんで、わたしの名前知ってるの。魔法使いだから?」
「ぎゃははーっ、そうかも知れんぞ。こわいか。逃げるか」
ばまじょの目、とってもやさしそう。さっきのにらんでる顔と大ちがい。
ばまじょは公園まで送ってくれた。途中、いっぱいお話を聞いた。むかしピアノの先生やってて、だんなさん死んじゃって、わたしと同じくらいの孫がいて、その孫遠くに住んでるからなかなか会えなくて……。
「ねえっ、いつもお金ばらまくけど、なんであんなことするの」
「知らん人と話できるじゃろ。それだけ」
きょうも、ばまじょは知らない人のとなりに腰かけて、コインをぶちまけていた。その人、気味悪がって、ひろわずに去っていった。
わたし、ベンチにかけ寄った。
「これ」
「ありがと。あやちゃんはやさしいのう」
ばまじょの顔が、くしゅっと縮まった。