5. 目覚め
パチパチと薪の燃える音が遠くに聞こえ、微睡んだ意識を手繰り寄せてみると意外にもすんなり目を覚ますことができた。
上半身に感じる不快感にそういえば斬られたんだったと思い出して、油断していたことに少し反省しながら視線を足元に向けると、部屋の端で座ったまま眠る彼女の姿が見えた。
周りに薬草を作ったときに使ったであろう桶や鉢などがあり、何故彼女は手当してくれたのだろうかと不思議に思う。
俺はただ、遅くなると伝えた手前戻る必要がある。
そう思ってここまで辿り着いたのだが、彼女の姿を見た瞬間意識が飛んで今現在だ。
目を覚ます頃には彼女は逃げていなくなっているだろう。
そう思っていたから正直驚いている。
じっと彼女を見ていると瞼がふるふると動き出した。
人から治療を受けたことがないため、どう接すればよいか分からず、とりあえず目を閉じ眠っているフリをすることに決めたらしい。
近付いてくる足音に少し緊張しているのを感じながらも何とか平常心を保っている。
彼の額のタオルを退けると手で触れて熱を確認しているようだ。
「…まだ熱高いかな。雨も上がってるし薬草取りに行かないと。」
タオルを冷やしてもう一度額に乗せ、大きく伸びをして小屋から出て行った。
それと同時に目を開け、もう起き上がれるかと試してみたもののまだ身体を動かすのは無理なようだ。
それにしても下がスースーするのは気の所為ではないだろう。
頭上に見える洗濯物の中には上下の服はもちろん下着まで干されている。
それでやっと自分が裸であることを理解した。
侍女である彼女にとってこれくらい何ともないのか。
自分以外の男にも同様のことをしていたのであれば、そいつらを皆殺しにしてしまおうとどす黒い感情が心の中に渦巻いていく。
そんなことを考えていると彼女が戻ってくる音が聞こえ、再び目を閉じた。
「…良かった。新しいタオルに変えるの起きてたら可哀想だし。」
そんなことを言いながら前回と同様に準備を済ませタオルを染み込ませてからニコライの傷に当ててあったタオルを外して新しいのを乗せていけば、身体がビクリと動いたのが見える。
「ちょっと冷たすぎたかな。これでも少し温めたんだけど。」
目を覚ましているから動いたとは思っていないようで、少し片付けてからニコライが作り置きしていた燻製肉の一つを取り、ナイフで削っていく。
削った燻製肉と野草を一緒に鍋で軽く炒め、軽く塩を振ったら完成だ。
意識のない彼の横に皿をそっと置いてから少し離れた位置に座り食事の挨拶を済ませて口に含めば、肉の臭みは大分軽減されたようだ。
もう少し改善の余地はあるが今日はこれでヨシとしようと食べ進めていると聞こえてきたお腹の音に一瞬自分かと疑ってしまったが、ぱちりと瞼を開けた彼になるほどと理解する。
「腹減った。」
「…目覚めたの?」
「だいぶ前から覚めてたけど。」
「え!?じゃあさっきビクってなった時起きてたってこと…?」
「まぁ。」
「痛み、大丈夫?あれ、大人でも激痛で大泣きするって聞いたけど。」
「そ?痛覚殆どないからわかんないや。」
「…殆どないってどういう…。」
「それよりお腹空いた。」
「これ食べる?」
「まだ動けないんだよね。だから食べさせて。」
「は?なんで私が貴方なんかに…。」
「ニコライだよ。俺もこれからハンナって呼ぶから。」
「私の名前、なんで知って。」
「標的が呼んでたでしょ。一度聞いたら忘れない。それで、食べさせてくれないの?」
断られると思いながらも、もう一度言ってみると彼女が近付いてきた。
彼の首を膝枕で少し起こしてから皿を取りスプーンで掬って口元に持っていけば、驚いたような表情が見える。
「…食べないの。」
「本当にしてくれるとは思わなかった。」
「やめる?」
「んーん。食べる。」
パクリとくわえ、もぐもぐと口を動かしゆっくりと飲み下した彼から美味しいと言う言葉が聞こえてきた。
普段、兎の丸焼きや燻製肉を食べているときには聞くことのない言葉に少し優越感を感じながらゆっくり食べさせていくのだった。