3. 恐怖
猪の解体が終わり、暖炉の上に置いた網に肉塊を並べていく。
薪を放り込んでから火を付けているとすうすうと小さな寝息が聞こえてきた。
あのまま置いていけば出血多量で死んでいたはずの彼女。
何故連れ出したのだろう。
彼女の死は公爵家に恐怖を与えるのに十分な効力だったのにと小さくため息を溢しながらベッドの脇に移動する。
もう一度顔をよく見ても、平凡な顔立ちだ。
泣きながら命乞いする姿になら興奮するが、痛みで涙を流す彼女に興奮することはなかった。
「お前、何か気になるんだよね。」
彼女に馬乗りになり、細い首筋に触れてみる。
片手でも簡単に骨を折ることができるだろうとそう考えながらも、行動に移すつもりはため、そのままごろりと寝そべると目を閉じた。
公爵家に数日張り込んでいたこともあり、久しぶりのベッドと隣りから感じる温もりに眠りへと落ちていく。
あれから1ヶ月。
全快には程遠いが、傷口が開くことは無くなったようで顔色は大分改善されたようだ。
とはいえ、大量出血をしていたのだから肉を食う必要があるだろうと今し方狩ってきた兎の肉を丸焼きにして彼女の目の前へと差し出してみるが、受け取られることはなかった。
「食べないの。」
「…。」
「無理やり食わすのも得意だよ。」
その言葉にやっと手に取ったが、視線を落とすだけで口に含むつもりはないようだ。
それならばと無理やり食べさせてやるつもりだったが、彼女の手にはナイフが握られ、手渡した兎の丸焼きは地面に転がっている。
「せっかく作ったのに酷いな。」
「私を逃して。」
「本当に諦め悪いね。」
「諦めるつもりはないから。」
「まぁ、寝てる間に逃げなくなっただけ進歩か。寝起きの俺、怖いでしょ。」
にんまりと笑みを浮かべればカタカタと身体が震えだした。
恐怖はちゃんと身体が覚えていたようだ。
そんなことを思いながら持っているナイフの刃を握って奪い取れば、驚いたような表情が見える。
「…なんで、血が…。」
「これくらい平気。それよりほら、これ。」
落ちていた兎の丸焼きを渡せば今度はちゃんと食べてくれるようで口に含んでいた。
流れる赤が煩わしいと暖炉から灰を取り出し適当に掛ければ止血されたようで、これなら問題ないだろう。
焼いていた兎の丸焼きを手に取り、大口を開けてかぶりつけば、少し甘みのある肉に猪より美味いとすぐに無くなってくが彼女のは全然減っていない。
「兎は嫌い?」
「…そうじゃない、けど…。」
「血抜きもしたし、内臓も取ってあるから普通の肉と変わらないよ。」
その言葉で安心したらしく、少しずつだが食べ進めていき半分くらい残すと小さくご馳走様でしたと挨拶が聞こえてきた。
本当はもう少し食べてほしいところだが、今まで野兎や猪を食べたことのない彼女にとってはこれでも十分か。
そんなことを考えながら残った肉を食べ進めるのだった。