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もしも明日、手紙が届いたら。  作者: 今井マイ
4/13

4通目

「110円のお返しになります。」


初日からレジに立たされた私は、カクカクとぎこちない動きしていた。隣には叶望(かのん)さんがいる。お客さんの商品のバーコードを私が読み込み、叶望さんがレジを操作する。ただそれだけの仕事…と言えばそうだがどうも難しい。レジ袋の取っ手が自分側にしてしまい叶望さんに向きを直されたり、自分の後ろに人がいるという状況にどうも緊張してしまって手汗が止まらない。おまけに混んでいる時間帯には長い列ができる。並んだお客さんの「どうしてお前が対応しないのだ」という視線が痛い。とにかく色々な情報が入り込んでくるので頭の回線がショート寸前であった。

薄暗くなると段々と人が減ってきたが、既に脳みそと体がヘトヘトであった。コロナで干物になっていたブランクは大きい。叶望さんが「初日から大変だったね。大丈夫?」と声をかけてくださり、「なんとか」という返答をした。全然なんとかはなっていないのだが。


「ミナちゃんは大学生?何年生なの?」

いつのまにか下の名前で呼ばれており、初対面にファーストネームで呼べるコミュ力の高さに動揺した。

「あっはい、えっと大学2年生です。」

「そっか!私の一つ上の学年なんだね。」

「うぇ!そうなんですか!?!」

大人っぽい容姿だったので非常に驚いた。まさか下の学年だったなんて。

「でもね、実は年齢は28歳なんだよね。おもろいでしょ。」


彼女は高校卒業後、飲食店に正社員として勤めていたが、どうもブラック企業だったらしく辞めてしまったらしい。その後自分の趣味だった絵を描いているうちに絵の仕事がしたいと考え、デパートのアパレル販売員、本屋の店員など様々なアルバイトでお金を貯め、ついに今年、美術を学ぶために美大生になったそうだ。

「やりたいことって、いつ見つかるかわからないものだよね。」


その話を聞き、なんとなく大学に入っている私が恥ずかしくなってきた。コロナ前に少しやっていた飲食店のアルバイトだって、お金を貯める目標もなく「周りがやっていたから」という理由でやっていた。そんなことでモチベーションなどないからやめてしまったのだ。いつか大学も同じ理由で辞めてしまうのではないかと少し怖くなった。

「羨ましいです…すごく」

「まあ今の授業全部オンラインだけどね。コロナが憎いよ~」


叶望さんはいつだって笑っている。常連のお客さんが来た時には気さくに挨拶をし、世話話をした。尚且つ仕事も出来てしまう。100円ショップでは品出しの最中に商品の場所を聞かれることが多いのだが、私は全くと言っていいほど答えられない。挙動不審でいると怪訝な目で見てくるので、すぐに助けを求めた。バトンタッチした叶望さんは、お客さんが求めているものを即座に案内してしまうのであった。おかげで彼女が隣にいるだけで安心感を覚えた。

また、趣味が合うことが一番良かった。叶望さんはアニメや漫画が好きで絵も上手い。商品のポップを書いてもらうついでに私の推しのキャラを書いてもらった。仕事が終わった後には隣の薬局の前にあるガチャガチャを一緒に見た。めぼしいものがあれば同じものを回し、目当てのものが出たら交換し合う。夜勤務の時には車でご飯に連れて行ってくれた。


たった一ヶ月という短い間にもかかわらず、とても充実した日々を過ごした。


「先輩、本当にありがとうございました。」

ついに最終日になった。仕事を終えた叶望さんにお礼と言ってお菓子を渡すと、そんな気を使ってくれなくていいのにと笑って喜んでいた。

「ミナちゃん短い間だったけどお世話になりました。仕事、頑張ってね。」

「また遊びに来てくれますか。」

「どうだろう、気が向いたらね。」

お店に来ることはあまり乗り気ではないようだ。大学1年生の夏という中途半端な時期に何故辞めるのか疑問だったが何か関係あるのだろうか。聞きたい気持ちはあったが辞める日にいやな気分にさせたら申し訳ないので、あえて聞かないことにした。

「お店に来るかはわからないけど、コロナ落ち着いたら大学の文化祭おいでよ。ミナちゃんのところにも行きたいし。」

「ぜひ!行きたいです!!美大の文化祭」


雑談をしているとそろそろ帰る時間になった。その前に私は、どうしても言いたいことがあった。

「手紙」だ。私は文通相手が欲しかった。書きたいという意欲はずっとあるのだが、今現在書く人がいなかった。こんなにも気が合う人と会うのは初めてだったので、どうしても距離が空くのは寂しかった。叶望さんならもしかしたら…。本当に興味本位で聞いてみた。

「先輩…本っっ当に良かったらなんですけど、手紙って送ってもいいですか?私、人に手紙を書くことが好きで…」

「うーん、書くの面倒くさいからパスで…ごめん笑」

メッセージでお願いと言われ、叶望さんは別れの言葉を言って帰っていった。


私はまた生き恥をかいたのであった。


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