第3話
時刻は深夜2時頃。新月の夜。ブライゼと一体化したボクの身体は、星が瞬く夜の空を飛行していた。
「そういえばブライゼさん」
「(何だ?)」
「ボクにおしっこをかけられた時、何でありがとうって言ったんですか?普通怒るはずじゃ…」
「(ああ、それはな。あなたの尿で魔力を回復する事ができたからだ)」
「えっ…どうしてですか?」
「(私のスキル、いや、全てのドラゴンはな、竜眼というスキルを持っている。そのスキルで他者の持つスキルや魔法の属性、そして魔力を帯びた物質などの性質も鑑定する事ができるのだよ。あなたの尿には、他者を回復させたり、既に魔力や魔術がかけられたマジックアイテムの効力を増幅させる効果があるようだ)」
「へえ…なんか凄いおしっこですね…というかおしっこかけるだけでも失礼なのにもし大をしてたら….」
「(ま、まあその時はその時で水場で洗い流すから心配しなくてもいいぞ)」
「優しいんですね、ブライゼさんは」
「(はは、優しいというか、甘いというか。だから色んな人や魔物、魔族問わず利用されるんだな。それも私が選んだ道だから仕方ないが)」
ブライゼは自嘲気味に笑いながら、飛行を続ける。
夜空を飛行してから1時間近く経過しただろうか。大きな西洋風の建築物が見えてきた。
「あれは?もしかして街かな?」
「(そうだ。あの街こそが魔法都市オラクルハイト。私が拠点としていた街だ)」
「そうなんですね!夜でもわかるけどすごく綺麗な街だなあ!あれ、街の南側のほう、まだ明かりがついてる」
「(オラクルハイトの南側は歓楽街だ。日夜魔導師ギルドで働いた魔法使い達が疲れを癒やす為に酒場に集うのだよ。そして、オラクルハイトの北側の方が見えるか?)」
「北側?あっ、大きい塔みたいなものが見える!」
「(あれこそが魔法軍事機関エンディミオン。一流の魔法使い達が集う魔術界の要だ。他にもオラクルハイトには魔法の書物の貸し出しを行なっている魔法図書館などの施設が色々あるが、この時間帯はどこも営業時間外だな)」
「ですよね。そこはボクのいた世界と同じなのかな。じゃあ夜明けまでどこで過ごしますか?」
「(そうだな、オラクルハイトの中はケットシー達の溜まり場になっているからな。あなたは新入りの猫だから他の猫の縄張りには入れなさそうだしーー仕方ない、近くの森で一晩過ごすか)」
こうしてボクらはオラクルハイト近くの森で一晩を過ごす事になった。
「(火がつきそうな枝を持ってきたな。ではいくぞ)」
ブライゼは猫の身体を震わせ、小さな炎を乾いた枝に向かって吐いた。枝にはあっという間に火がつき、パチパチと音を立てながら燃え始めた。
「わっ、やっぱ火も吐けるんですね」
「(ふふ、竜だからな。他にも氷や雷の魔法も使えるぞ)」
「なんだろう、この世界における竜ってどんな存在なんですか?ボクはそこが気になります」
「(ああそうだな、この世界における竜の定義を説明しようか。竜とは、高度な知性を持ち、魔術を扱う魔物とも魔族とも違う種族だ)」
「そうなんですか…ボクは竜とはてっきり言葉とか通じないのかと思いました」
「(そう思うのも無理はない。人間ともあまり接触しない個体も多いからな)」
「やっぱり竜って気高いイメージありますからね。人間を下に見てる竜もいそうだし、ブライゼさんが友好的で良かった」
「(まあ私みたいなのは竜の中では異端な方でな。竜の多くは人間や魔物、魔族を見下していたり、全く興味がなかったりするな)」
「竜ってどこにいるんですか?なんかこう、巣みたいなところに住んでいたりするんですか?」
「(竜はな、天界に住む者と、天界から降りてきて地上で暮らすようになった者の二通りが存在する。私は天界から降りてきた竜だ)」
「天界か…この世界に転生する前に行った女神様の聖域みたいな場所かな」
「(聖域?あなたは女神様に会ったのか?)」
「あ、そうです。アルカンシエルって言ってました」
「ふむ…そうか…」
「((もしかするとこの者は、この世界を変えるだけの影響力があるのかもしれんな))」
「ブライゼさん?どうかしましたか?」
「(いや、なんでもない。ただーー)」
「ただ?」
「(あなたに困難が降りかかった時は、私があなたの力になろう)」
「ありがとうございます!この世界に来てから不安しかなかったけど、ブライゼさんに会えて良かった…」
「(ふふ、私もだ。死の淵から私を救ってくれたのだからな。尿で)」
「いやそれはやめてくださいよ…」
そんな会話をブライゼと楽しんでいると、近くの茂みからかさっ、と人間の足音のようなものが聞こえた。
「誰だ?」
ブライゼが即座に反応をする。目線の先には、金髪のショートカットの女の子がいた。
「あ…羽の生えた猫さん…かな?こんばんは」
10歳前後くらいだろうか。小さな声でボクらに挨拶をしてきた。
「こんな夜更けにこの森に来たのか。危ないじゃないか。ご両親は?」
ブライゼがすかさず少女に問う。
「あ…わたし一人です」
「あなたは何者だ?」
「わたしはエマ。こう見えても魔術師です。明日….いえ、もう時間的には今日ですね。オラクルハイトで開かれる魔術展覧会に出品する為にここまで来ました」
「ここまで馬車で来たのですが、わたしのルートだとどうしてもオラクルハイトに行くまでにこの森を抜けなくてはならなくて、魔物が跋扈するこの森には行けないと言われ…一人でここまで森を抜けてきました」
「一人で、だと?いくら魔術師でもこの森の魔物はそこそこの強さだ、その年齢だと危険ではないか」
「そこに関しては大丈夫です。わたしは陶器を作り出す魔法を使えます。この土人形が、わたしを守ってここまで来ることが出来ました」
エマはそう言うと、パチン、と指を鳴らした。すると、地面がもりもりと隆起し、人型を形成した。
「わっ….土で出来た人形が出てきた!まさかこれ、ゴーレムってやつ?」
「はい。このゴーレムに代わりに戦ってもらって、魔物を撃退しながらここまで来たんです」
「なるほどな。その魔術があればこの森を抜ける事もできるという訳か」
「はい。あ…もし良ければ」
「何だ?」
「わたしもお供させて貰えませんか?なんだかあなたに興味が出てしまって… 独り身で心細いのもあるから…」
「わかった。あなたもいいだろう?」
「あ、うん。ボクは大丈夫です」
「さっきから気になっていたけど…猫さんは独り言が多いんですね」
「いや、その、私、ああいや私達は一つの身体の中に2つ魂が入っていてな。その影響だ」
「そうなんですね。なんか今日はずっと森の中を歩いてきたから疲れたなぁ…」
いつの間にかエマはすぅっと寝息を立てて寝ていた。
「あなたも疲れただろう。今夜はもう寝るぞ」
「そうだね」
ボクとブライゼも焚き火の前で眠りについた。