婚約破棄は言われると辛い
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「シェリー・ダグラス!本日この場を以って「殿下との婚約を破棄させて頂きます!」
僕の言葉に被せるように声を張り上げたのは、婚約者のシェリーだった。
格好良くお前との婚約を破棄する!と言うはずだった僕のセリフを横取りした彼女は、いつもの様にすました顔で口を開けたまま固まる僕を見つめている。
「如何ですか?決め台詞を取られたご感想は」
「…婚約破棄を言うのは僕だったのに。何故僕のセリフを取るんだ!僕に最後まで言わせるのが普通だろう」
「おっしゃることが分かっているのに大人しく待つ必要はないと思いましたので」
しれっとそう言うと、僕に向かって1枚書類を差し出した。
「お受け取り下さい」
「なんだこれはーーーー!」
婚約破棄宣言書と書かれたその書類には、僕とシェリーの婚約を本日付で破棄し、僕の有責での婚約破棄の為慰謝料を支払う事が、国王陛下の署名と調印付で記載されていた。
そして、その下にはシェリーの名前もあった。
「殿下にご署名いただければ私が国王陛下へお渡し致します。これで殿下のお望み通り婚約は破棄されます、はい」
スッとペンを僕に差し出す。書類と言いペンと言い用意が良すぎて僕の思考は停止した。
って、停止している場合ではない!僕は婚約破棄なんかする気はないのだから!
「シェリー、確認させて欲しい。僕たちは学園祭の劇の稽古をしていただけだったはずだ。なのに、何故こんな書類を用意した?僕との婚約を本当に破棄したいと思っていたのか?」
我ながら情けないとは思うが、問いかける声が震える。シェリーとの婚約は政略的なものだが、互いに想い合い互いを知る事で愛を育んできたと思っていた。勿論シェリーも僕と同じ気持ちだと思っていた。
僕の独りよがりな想いだったとは思えない。
ビリビリと書類を破り、シェリーの手を取る。
「シェリー、僕は君に対して誠実に向き合ってきたつもりだ。だが、僕に不満があるのならばはっきり言ってくれないかな?話し合いもせずにこんな形で婚約破棄など僕はするつもりはないよ、君が好きなんだ」
しっかりとシェリーの瞳を見てそう言った直後、シェリーがふわりとほほ笑んだ。
「婚約破棄って言われてショックでしたか?」
「ああ、僕が何をしたんだろうとショックだった。何より君が婚約を破棄したいと思っていたのかと思ったら、心が潰れそうだった」
まだ震えが止まらない僕の手をぎゅっと握りしめてくれるシェリーの手の暖かさを噛みしめた。
「毎日婚約破棄宣言される私の気持ちを少しでも殿下に分かって欲しかったのです。たとえお芝居だと分かっていても、心が傷つくのです。殿下の事をお慕いしているのは私だけの様な気になってしまったのです」
「…シェリーの気持ちを分かってあげられなくてすまなかった。確かに、軽々しく言う言葉ではない。たとえ芝居であったとしてもだ」
自分が言われてどんなに嫌なものか身に染みて理解した。僕が婚約破棄と言う言葉を口にする事は二度とないだろう。
次の日、僕は多少強引に学園祭の劇の内容を変更した。勿論甘々のハッピーエンドへと。劇を観た者達が、その後あんな大恋愛がしてみたいと噂していると聞き、僕とシェリーは微笑みあった。