第135話 早くしてくれ!
石鹸を渡したとき、敦也の手と有菜の手が当たり、里菜は石鹸を受け取ろうとするが、微妙な違和感に気が付く。
「ん? あれ? この手……。もしかして、敦也?」
ギクッ、と体が震え、声が漏れないように口を手で押さえる。
「この手の感触、敦也だよね? なんで、ここにいるの? 黙っていても無駄だよ、触っただけで分かったから」
里菜は、石鹸を受け取らずに敦也の左手首をがっちりと握る。
里菜の手はシャワーの温かいお湯に濡れて、しっとりとした感触した。
「このまま黙っているつもりだったら、どうなるか分かっているよね?」
扉の向こうから聞こえてくる声は、疑いもなく確信を持っている口調であり、その上、脅しに掛かってきている。
(これ、正直に言わなかったら何かあるな……)
諦めた敦也は、少し息を吸って吐く。
「ああ、俺だよ。洗濯物をかごに入れに来ただけだ。たまたま、そうしていたら里菜姉に声を掛けられたんだよ」
「なるほど、そういう事だったの……。私がシャワーを浴びているのをこっそり覗きに来ているのかと思った」
「——んなわけないだろ!」
「男の子だったら、それくらいしなさいよ、ヘタレ‼」
「うるせぇ! さっさと受け取ってくれ、そして、終わったらすぐに交代してくれ! まだ、俺、浴びていないんだよ‼」
石鹸が敦也の手から離れると、そのまま、この場から立ち去った。