第106話 落ち着く世界
「そこにいるのは誰ですか?」
唯は、暗闇に潜む人の気配を感じる。
「俺だよ」
と、外灯の光に照らされて、敦也は現れた。
「あっちゃんでしたか。驚かせないでください」
「悪い、悪い」
敦也は、唯の元へと歩み寄っていく。
「それにしても珍しいな。唯姉が、一人、外を歩いているなんて……」
「別にいいじゃないですか。私にもこうした夜があるってことですよ」
「鼻歌を歌ってか?」
「聴いていたのですか?」
「まぁ、この静かさだったら、聴こえなくもないけどな」
敦也は笑う。
「もう、仕方ないですね。立ち話も疲れますし、そこのベンチで話しましょうか?」
唯は、噴水の近くにあるベンチを指差す。
敦也も頷き、二人はベンチへと移動した。
「それにしても月がきれいだな」
「ええ、そうですね」
「周りの音は、自然の声ばかりで、聴いていても飽きないくらいだ」
「はい。風も心地よいです」
二人は、懐かしそうな目をしている。
「懐かしいですね」
「何が…だ?」
「あっちゃんと二人だった頃の時ですよ」
「その事か」
「はい。川で話していた事は……。あっちゃんはずっと忘れていなかったんですね」
「当たり前だろ。俺にとっては、最悪の思い出だったよ」
「もう……そんな事、言わないでくださいよ」
唯はそっぽ向く。
「噓だって、今思えば、唯姉は、唯姉だよ」
「そうですか」
唯は、敦也の左肩に頭を載せる。