ごーすとばすたー・わんこ!
ポメラニアン――それは、サモエドを祖先とするスピッツ系の犬の種類のひとつである。
「あ~かわいい!かわいいぃぃ!心がもふもふするんじゃ~」
小型犬の一種であり、ふわふわとした長い毛が特徴。概ね健康的には丈夫であり、人間に対して非常に友好的かつ仲間意識が強いことから、家庭犬として非常に愛用されている。飼い主に依存しやすく寂しがりやだが、比較的躾のしやすい犬種だ――なんてこともどこかに書いてあったような。いや、それともペットショップの店員さんが言っていたのだったろうか?
「こっち!こっち向いてぽめちゃん!そうそう、にっこり、にっこりカメラに向かって笑ってぇぇ!」
今、僕の目の前には二匹のイキモノがいる。
一匹は、さっきから気持ち悪い声を出して床に這いつくばっている僕・真樹央の姉。名前は真理子。それなりに美人――ではあると思うんだがいかんせん中身が残念すぎる。我が家の愛犬、ポメラニアンのぽめ、にメロメロのデレデレである。いい年したOLが弟の目の前でパンツ丸出しにして猫なで声で犬の写真撮りまくってるのはどうなんだよ、と正直声を大にして突っ込みたい。突っ込んだら百倍になって毒舌が返ってくるから言えないのだが。いかんせん、家庭内での僕の地位は悲しいほどに低いのだ。
そして、僕の目の前にいるもう一匹のイキモノというのが、姉に涎垂らさんばかりに溺愛されている愛犬。ポメラニアンのぽめ、である。
はっきり言おう。贔屓目抜きにしても、ぽめは可愛い。ポメラニアンのぽめ、なんて安直すぎる名前にしたのが勿体ないくらいに可愛い。茶色と白の鮮やかなグラデーションのふわふわした毛は綺麗に丸く刈られており、いわゆる“柴犬カット”になっている。ぷりぷりとしたおしり、ふんわりまんまるに乗っかっているしっぽ、トドメがくりくりした丸い眼に愛らしい笑顔ときている。正直、全わんこ界においてもトップクラスの美人ではなかろうか。実際、ぽめを連れて歩いて通行人が振り返らなかったことが殆どないのだ。
「姉ちゃん、インスタに上げる写真そんくらいで十分だろ?いい加減はしたない。パンツ見えてるし」
だから、まあ。姉がメロメロになるのもわからなくもないのだが。――さすがに、写真撮りはじめてほぼ一時間はやりすぎである。完全にぽめが困っているではないか。
「ちょっとー真樹央サイテー、セクハラー」
「僕がセクハラなら姉ちゃんは露出狂だな。自分から見せつけておいてセクハラもなんもないだろ。てゆーか撮影長すぎ。ぽめが可哀想だろ。そろそろ散歩の時間なのに」
「うっ……しまった、もうそんな時間……」
ぽめを溺愛する姉、さすがにそのぽめを引き合いに出されては引き下がるしかないのだろう。彼女は渋々とスマートフォンをひっこめた。そして表示されている時刻を見てため息をつく。
「あーもうこんな時間ー。アサトとのデートなければあたしがぽめのお散歩に行けるのにぃー」
彼氏よりわんこ優先かよ、よっぽどだなおい。なんて突っ込みは野暮だ。今更すぎる。彼氏もなんでこんなわんこバカな姉と付き合うことにしたんだろうか。それとも彼氏の前では猫を被っているのか。弟からすれば永遠の謎のひとつである。
「たまには彼氏も大事にしてやれって。やっとデートの都合ついたんだろ。向こうは姉ちゃんより忙しい仕事してんだから、むしろちゃんと感謝しろって。……ほら、ぽめ行くぞ」
「あーんぽめが連れてかれるぅ!誘拐されるぅ~」
まだうだうだ抜かしている姉を無視してぽめを抱き上げると、賢いポメラニアンは大人しく僕の腕の中に収まった。いろいろあって首輪は二階に置いてある。散歩の前はかならずぽめを連れて、一度二階の僕の部屋に上がるのがお約束になっていた。それには、非常に大きな理由があるのだ。
「愛されてんなお前。……まあ見た目は可愛いもんな。見た目だけはな」
僕はあくまで普通の大学生にすぎない。
だが――僕らの愛犬、ポメラニアンのぽめは。普通の犬とは、だいぶかけ離れているのだ。
僕の部屋に入り、鍵をかけるやいなや。ぽめはしれっと僕の腕の中から抜け出して、ベッドの上に飛び乗った。そして。
「あー酷い目に遭った。一時間はやりすぎだろうが。いつまで付き合えばいいのかと思ったぜ。つか真樹央テメー、なんでもっと早く助けにこねーんだよ!人が困ってるの分かってただろーが!!」
喋った。
そう、我が家の愛くるしいわんこは。――僕の目の前だけで、何故だか喋るのである。しかも。
「……なあぽめ。ずーっと疑問で仕方なかったことがあるんだけど訊いていい?」
「なんだよ?」
「なんだその超絶可愛い見た目で!そんなドスのきいたひっくい男性ボイスなの!?どっかのカードゲームの社長そっくりなんですけど!?」
そうなのだ。某電気ネズミみたいな可愛い声じゃないのだ。なんでたか、超絶ドスのきいた男性の声で喋るのだこの犬は!
「あぁ?俺様のこの声が気に食わねぇってのか!?なんべんも言わすんじゃねぇ、俺は元百獣の王だぞ!このクソガキが!」
しかも滅茶苦茶、クチが悪い!
百獣の王というか、どっちかというと完全にヤクザである。
「俺だってなあ、好き好んでこんな姿してるわけじゃねぇんだよ!くそっ……なんでサバンナでハーレム築いてウハウハしてた俺様が、転生したらこんな姿になっちまうんだ。しかもメスだしっ!」
「メスだし、お前子供産んでるよな。去年二歳で」
「仕方ねーだろ本能に逆らえなかったんだからよおおお!本当はオスなんぞに興味はねぇのに……ちっくしょう……!」
まあ、相手のポメラニアン(♂)も、こいつの本性は知らなかったんだろうから仕方ないよな、と思う僕である。なんといっても、こいつがこんな声で話すというのを知っているのは僕一人しかいないのだから。
ポメラニアンのぽめ(♀)は。天下絶世の美人わんこでありながら、中身はオスライオンである。しかも結構俺様な性格である。ていうかオッサンである。なんでも本人いわく、神様の機嫌を損ねて罰を受けた結果、メスのポメラニアンに転生してしまった――らしい。なんだそのラノベ的展開は、とツッコんではいけない。なんせ、そのあたりの記憶が本人(本犬?)もうろ覚えだからである。
「ていうか、お前なんで僕にしか口をきかないんだよ。姉ちゃんに散歩連れていってって頼めば良かったじゃないか。喜んで撮影中止にしてくれたと思うんだけど?」
まあ、そのイメージブチ壊しの声でびっくりはされるだろうが、とは心の中だけで。
「お前の姉ちゃんは面倒くせぇだろうが。コントロールきかねーし、俺のこと猫っ可愛がりはするけど人の言うこと素直に聞く性格とは思えねー」
「まあ、それはそうだけど」
「それにな。我が家でお前が一番ヒエラルキーが下だから。奴隷にするには丁度いいだろうが」
「奴隷!?!?え、僕お前にそんな風に思われてたの!?」
しれっと言われた言葉にさすがにショックを受ける僕。確かに敬われてないなとは思っていたが。
「おう、我が家の順位は上から順に、母親>俺様=姉>父親>お前だ」
おう、見事に最下位である。ていうかお父さんの順位も低くて草生えそう。
まあ、どこの家も結局強いのは母親。はっきりわかんだね!
「クソッ。お前の姉貴が足止めしてくれたおかげで要らねー時間を使っちまった。さっさと行くぞ散歩」
そしてぽめは、当たり前のように僕に命令するのである。ふわふわのポメ足でつんつんしてくる様は可愛らしいが、態度は非常に横柄だ。
「今日の目的地は、三番地の外れの竹藪だ」
何故なら僕らの散歩コースは――必ずぽめが決めるのだから。
そう、ぽめが散歩に行きたがるのは、普通の犬と同じ理由ではないのである。
ぽめは、可愛く賢く、ただ喋るだけの犬ではない。ある領域において、とんでもない技量を発揮する――スーパーチート犬なのだ。
***
「あのさ……ぽめ。僕はちょっと幽霊が見えるだけの一般人なんだけどさ……?」
可愛らしいポメラニアンを連れてやって来るべき場所とは思えぬ――この、鬱蒼と繁った竹藪。
町外れのこの場所は、昼だというのに妙に薄暗い。古い一軒家が川沿いにぽつんぽつんと立ち並び、その一画だけ何故か切り取られたように竹藪になっているのだ。空き地であることは、ボロボロに朽ちた看板が立っていることからもよくわかる。売却、の文字はすっかり掠れて読みづらいし、錆びだらけの看板は今にも朽ちて折れそうになっているが。
「それでも、ココがやばいのは知ってるんですけど?」
「ほう?どうやべーんだ?」
「軒嶋町の藪知らず。小さな竹藪なのに、何故か入った人間が軒並み行方不明になるって有名な場所。この近隣に住んでる人間ならみんな知ってるよ、ココだけは絶対に入っちゃダメだって……」
噂ならいくらでもある。その昔、ここには豪族の屋敷が建っていたが、トチ狂った父親が奥さんも長男次男も使用人も皆殺しにして首を吊ったらしい、とか。
もしくは此処には昔邪神を祀る村があって、洪水で村が沈んだ後祟りが起きて、それを名のあるお坊さんがどうにかこの地に封印したらしい、だとか。
とにかくよくわからないけれどこの場所は竜脈だとか地脈だとか、そういうのがすっぱり途切れてるから足を踏み入れたら危険な禁足地だとかなんとか――。
「悪い噂はいくらでもあるし、実際何人もいなくなってるのは確かだ。お前、まさか此処に入るとか言うんじゃないだろうな?やばいよ、流石に死ぬって!!」
僕が慌てて言うと、ぽめは。
「お前本当に大袈裟だなぁ。此処にいるのはそんな力の強い悪霊なんかじゃねーよ、ばーか」
と、なんと欠伸をしながら宣うではないか。そう、この可愛い可愛いポメラニアン。犬のくせにがっつり幽霊が見えるし祓えるという謎スペック持ちなのである。
「行方不明者……つーか死者が出てんのはマジだろ。実際そのへん四十人くらいふよふよしてんな」
「よ、四十人っ!?なんだよそれ呪われすry」
「話は最後まで聞けやガキが。……その竹藪な。竹が生えまくってるせいで全然足元見えねーけど。実は土地の真ん中にでけぇ穴があいてんだよ。すり鉢状にな」
「……はい?」
「だから、何も知らずに入ると足元見えないままずぼっとハマってずり落ちるんだ。かなり深いし、すり鉢状になってっから這い上がれない。で、そのまま怪我と飢えで信じまうってわけだな。沼みてーになってっから体温も奪われるし衛生的にも良くなさそーだし」
え、マジで?な僕である。
竹藪の真ん中に、穴?それでずり落ちて死ぬって――それってつまり、事故死ということ?
「ちょ、ちょっと待ってって。でもさ、今のご時世みんな携帯電話持ってるよ?落ちたって携帯電話で連絡すれば、助けくらい呼べそうなもんじゃないか?それとも電波も届かないくらい穴が深いの?……あ、いやそうなら落ちた瞬間に飢える前に即死してそうだよな……」
なんでまだ竹藪に入ってもいないのに、穴が空いてることなんてわかるんだよ、なんてことは言ってはいけない。
このワンコときたら、霊能力に加えてばっちりサイコメトリ?透視?とにかくそんな力もお持ちなのである。遠目から見たって壁を介していたって向こう側に何があるのかわかっちゃうのだ。――信じられないことだが、残念ながらぽめのこの能力を毎回目の当たりにしている僕からすると、今更理由を問うだけ野暮なのである。
「強いて言うならソコが幽霊の仕業だな。誰かが穴に落ちやすいように誘導した挙げ句、霊障起こして助けを呼べねーようにしてる奴がいる。そいつが死者を増やしてる原因だ。つーことで、今回はそいつを祓うぞ」
ぴん、と尻尾を立てるぽめである。
「一匹でも多く悪霊祓いをする。ムカつくが……カミサマのご機嫌取って、まともな転生先を約束してもらうにはそれしかねーかんな」
そう、ぽめが悪霊をサーチしては散歩の名目で僕に連れ出させている理由。
それは、悪霊祓いを繰り返すことで、ぽめに天罰を与えたというカミサマに償いをするため。そして、再びライオン(♂)に生まれ変わるためなのだという。――その天罰を受けた理由も朧気にしか覚えていないのに、償う手段だけは生まれた時からわかっていたのだそうだ。自分はライオンの生まれ変わりであり、悪霊祓いの力を秘めた特別なワンコであるのだと。
「それで、どうやって悪霊祓いするんだ?今日はお前が何も言ってないから、僕もなんの準備もしてないけど」
「この程度なら準備なんていらねーよ。見てろ」
何をする気なのか。見守る僕の前でぽめは――竹藪に向かって突然、きゅうきゅうと甘えるような声で鳴き始めた。鼻をひくつかせ、目尻を下げ、それはそれは寂しそうな声で。あれだ、スーパーの前で繋がれてご主人様を待っている時の犬の声である。
すると。
『私を呼ぶのは、誰……?』
それはぼろぼろの制服を着た、女子高生だった。
ひいっ、と僕は思わず声を上げてしまう。恐らく彼女も竹藪の中の穴に落ちて死んだ一人なのだろう。制服は泥だらけの砂だらけ、あちこち破れて血が滲んでいる。餓死したのか、頬は恐ろしく痩け、手も足もガリガリに痩せ細ってしまっている。まるで骨と皮だ。
――な、なな何回見ても怖い!悪霊怖いいいい!
僕はぽめのリードを握ってガクガクブルブルと震えていたが。少女の悪霊は、僕には一切感心を示さなかった。見ているのはぽめだけだ。
『わあ……』
ぽめに気づいた少女が、ほんの少し嬉しそうに顔を綻ばせる。
『かわいい、わんちゃん……。おまえが、私を呼んでくれたの?』
少女の言葉に答えるように、ぽめは千切れんばかりにしっぽを振って見せた。必殺!ぽめの“尻尾を振る”攻撃!+“鳴き声”かーらーの“甘える”!ただでさえ、ワンコ界最強の美貌を持つぽめ、その全力の“色仕掛け”である。少しでもわんこが好きな人間が――落ちないはずはないのだ。
そう、それが悪霊であっても関係なく。
『さ、触れない……!』
ぽめのふわふわの毛を撫でようとした少女は――自分の手が透けてしまうことに気付いてがっくりと膝をついた。あ、幽霊に足がない、というのは迷信である。念のため。
『せっかくわんちゃんが私を呼んでくれたのに!寂しい私に気付いてくれて、私に会えるのを喜んでくれてるのに!!触れない……ふかふかできない……!わ、私が幽霊だからだっていうの……!?』
「くぅん……」
『あああ!そんな泣きそうな顔をしないで……わんちゃんにそんな顔されたら私、私……ああ、体が欲しい……生きた体がっ…!!』
ぽめ、の愛らしさにノックアウトされ、モフれないとに絶望した悪霊。
彼女が導きだした答えは。
『そうだ、成仏しよう』
ちょっと待て、“そうだ、京都に行こう”、みたいなノリでそれっていいの!?
ずっこけそうになった僕の存在を完全にスルーして――少女の体がどんどん上へと上り始めた。透明になっていく身体。満足そうな少女。えええ今まで悪霊として人を死に追いやったりなんたり頑張って活動してきたのにそれでいいの!?とか突っ込みどころは満載だったが。
『これで転生して、生きた人間に戻れば。また好きなだけわんちゃんをもふもふできる。しあわせ……!』
なんていうか、その。
本人がとっても幸せそうなので、良いことにしようか、うん。
「良し、ミッションコンプリートだな!」
そして、まさかの“わんこ式色仕掛け”で悪霊を陥落させて成仏させた立役者は。満足そうに耳をピンと立てて尻尾をぶんぶんと振って見せた。
「奴が他の死者たちの成仏も妨げていた。これでもう、この土地から地縛霊はさっぱりいなくなり、今後は死亡事故も大幅に減るだろう!」
「おま……いいの?こんなやり方で成仏っていいの?」
「なんだよ、何か不満でもあんのか?」
困惑する僕に、ぽめはあっさりと宣った。
「俺様の甘え&色仕掛けに勝てる人間なんざいねーんだよ。人間どもがよく言ってるだろ?“可愛いは正義”ってな」
というわけで疲れた俺様にオヤツをよこせ。
そう言って僕の足に前足を乗せてきたソイツは――悔しいことに、まったくその通りで、破壊的に可愛らしいのは間違いのないことだった。
「あー……っもう!デブっても知らないからな!!」
我が家の愛犬、ポメラニアンのぽめ。
またの名を――ごーすとばすたー・わんこ!




