「貴方の能力は『髪の毛を1本抜く毎に世界の誰かが救われる能力』です」
ヒーローになりたかった。
ワルモノを懲らしめて。
災害から人を救ったり。
パトロールなんてものをしながらチヤホヤされてみたり。
そう。
僕はそんな、格好いいヒーローになりたかったんだ。
◆◆◆◆◆
『──貴方に能力を授けます。
【髪の毛1本抜く毎に、世界の誰かが救われる】
それが、貴方の能力です』
「……へっ?」
何もかもが唐突だった。
この世とは思えない程の美貌を持ったヒトが、開口一番、僕にそう告げたのだ。
「なにを、言って」
『使うかどうかは、貴方次第です。では』
「ぁ──」
消えた。
それだけ言って、そのヒトは僕の前から姿を消した。
「……」
やけに眩しく感じるようになったネオン街を背に、立ち尽くす。
東京の汚い風が僕を押しているような、そんな妙な錯覚を覚えた。
◆◆◆◆◆
プチッ
翌日、試しに1本抜いてみた。
「な、なんだ?」
僕は驚いた。
突如として目の前に浮かび上がった、謎のウィンドウメッセージを見て、驚いたのだ。
「どうなってるんだ、これ」
映し出すための端末の類いは無い。
何もない筈の空中に、それはあった。
そして何やら、文字が書かれているみたいだ。
「えっと……『貴方の髪の毛を犠牲に、アメリカシカゴに住むジャック・ウォールデンさんの肺がんが完治しました』……!?」
なんだそれは。
どういうことだそれは。
──本当に?
……いやいや、まさか。
僕がトチ狂ってしまっただけかもしれない。
そうだ。
1日に1本、抜いてやろう。
それなら、大丈夫な筈だ。
◆◆◆◆◆
ブチ
50日が過ぎた頃。
僕は、テレビの前で立ち尽くしていた。
「ほ、本当に? 本当なのか?」
それは3分で終わってしまう程度の小さなニュースだった。
だが。
「……大阪、○○高校の屋上から飛び降りた□□□□さん。奇跡的に命を取り留める……!」
震えた声で、呟く。
というのも、昨日の内容がそれだったのだ。
「てことは、僕は50人もの人を救った、ってことか!」
嬉しくなった。
役に立てたことが、嬉しかった。
その日から、僕はどんどんと髪の毛を抜く本数を増やしていった。
ブチブチブチ。
一気に3本。
ブチブチブチブチブチ。
一気に5本。
そうやって。
容赦なく、その数を増やしていった。
◆◆◆◆◆
ブチブチブチブチブチブチブチブチ
「──は?」
僕はいつかの日のように、テレビの前で立ち尽くしていた。
鬼のように流れてくるウィンドウメッセージを見る暇も無かった。
『地球の直径の5倍にも及ぶ隕石が迫ってきている模様です。これによる被害は──』
滅亡。
その2文字を想像する。
地球の直径の5倍ってなんだよ。
あと数日で滅亡ってなんだよ。
「こんなのって、アリかよ……」
薄くなった頭を抱える。
この本数じゃ、皆は救えない。
僕はまた、無力を味わうのか。
「いや、まだだ。やれるだけ、やってやる」
あの時言われたのは、髪の毛1本に対して1人ではない。
髪の毛1本に対して『誰か』である。
人数は指定されていない。
その証拠に、いつだったか、7本抜いただけで大型旅客機の事故を防いだことだってある。
僕は、実行に移った。
ブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチブチ────────
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
抜く、抜く、抜く。
頭から血が出ても。
腕が軋み、手首が腱鞘炎になろうとも。
僕は、抜き続けた。
そして。
『き、奇跡です! 例の隕石が、急に軌道を変えたようです!』
テレビから、ニュースキャスターの安堵の声を聞いて。
僕は、眠るように気絶した。
◆◆◆◆◆
「はは」
鏡に現れたのは、見るも無惨な頭になった僕だった。
乾いた笑みが漏れる。
確かに、達成感はある。
自分が世界を救ったという実績は、僕の中だけで生き続ける。
でも、虚無感もそれなりあった。
生えてくる気配の無い頭。
もう生えない。
もう救えない。
不思議な気持ちだった。
「あ」
その時僕は、最後の生き残りを見つけた。
右側面に生えた、短く弱い、正真正銘最後の1本。
……未練はない。
プチ
誰かが助かるのなら──
「って、え?」
わさわさ。
途端、持つ者の感触が、掌に伝わってきた。
僕は思わず、最後のウィンドウメッセージに目を向ける。
「……『千葉県○○市に住む△△△△』────僕だ。
ぼ、僕の頭の髪を、元通りにしました。
『この最後の1本で、能力は使えなくなりました。多くの人を救った貴方に、賛辞を送ります』」
「────」
偶然か、はたまた必然か。
ともあれ、僕は髪を取り戻した。
「ははははっ」
いつもより誇らしげに。
胸を張って。
僕は会社へのいつもの道のりを、駆けていった。