29話 それからの三千風家・サンドイッチ争奪戦
(数分も待てないような、わがままな人に
食べさせる料理はありません!!)
鈴の中で、蓮に対する信頼は無くなり
その敬意すら、どんどん落ちていく
そう、鈴の中にある何かが切れたのだ。
鈴が料理を作る目的は単純明快である。
タダ1つ、母親である、蘭の笑顔だけである。
鈴の心の奥底に刻まれた【トラウマ】
それは、未だに鈴の深い所に残っていた・・・・。
蘭の笑顔ほどではないが
作った料理を食べてくれた人の笑顔や、美味しそうな表情は
鈴の心に、心地よい温もりと、安らぎを与えてもいた。
だが・・・・
他人の食事を妨害する行為や
他人の食事を奪う行為
威嚇して、食事を中断させるとか・・・
自身の食欲の満足の為に、他人を卑下に扱う行為は
鈴が、最も嫌う行為でもある。
そして、コレ以降、鈴は蓮の事をほぼ無視する。
「サラさん、無視していいですよ
熱い内に食べちゃってくださいね
あ、おかわりも在りますからね。」
サラは、視線を合わせないが
蓮の威圧に一度息を飲み込むが
目の前で、魂から食欲を誘うような匂いには勝てず
目の前の、極厚ステーキに、ナイフとフォークを入れる。
一口大に切り分けた、肉の塊を口に運ぶ
口の中に広がる、肉本来の旨み
それは、A5ランクと言われる、綺麗にサシが入り
赤と白のコントラストのきいた霜降り肉が醸し出す
極上の脂身の甘さ・・・・・・ではなく
赤み肉が持つ本来の旨み
それを限界まで引き立てた旨さが
サラの後頭部を一気に突き抜けた。
元は特化品の安物肉ではあるが
その肉を買ってからの管理、そして調理をしたのは、鈴であるのだ
徹底した温度管理で長期熟成させ
もっとも肉が旨くなるように、独自の料理法で調理した
ステーキなのだ、美味しくないわけがない。
それは、星つきレストランでも
肉料理のメイン一品と言っても遜色のないステーキである。
二口目からは、我を忘れたように
肉を切っては、口に放り込む作業を繰り返す、サラ。
鈴が手を止めていた、肉も焼き上がり
胡桃は、ミカの前に運んでいく
鈴は3枚目の肉を焼にかかる、コレは鉄雄の分である。
ミカは運ばれてきたステーキに、目をハートにし
舌で唇を一度舐めまわすと、ステーキを大きく3等分する
その1つを、フォークで持ち上げると、大きく口を開けてかぶりつく。
ミカにマナーとかは無い
だが、鈴も鈴で、食事のマナーなんて物は気にしない
マナーに囚われ、料理を味わえないとか、楽しめないとか
馬鹿らしいと思っているからだ。
鈴にとって、楽しく美味しく食べる、これこそが食事なのだから。
そして、ミカも無言で、3つ目の肉の塊を口に運ぶ。
サラや、ミカのそんな食事風景を嬉しそうに見ながら
鈴は鉄雄の分のステーキを焼き上げるが。
「俺は後でいいや、先にミカさんに上げてくれ。」
鉄雄の視線の先には、ステーキ皿を空にし
両手にナイフとフォークを握り締め
口の周りを汚した、ミカの姿があった。
目が合った、鈴とミカ
ミカは、笑顔で叫ぶのだった。
「ちょーーーーーーーーーーーおいしいいぃぃーーーー」
「くーちゃん、コレ、ミカさんにお願い
てっちゃんは、すこしまってね」
「あぁ、サラさんの後でいいよ」
突然名前を呼ばれて、我に返るサラ
そして、すでに皿の上に残った肉は、2欠片ほどだった
そこまで、集中してしまった自分に驚き
立場上、尋問や拷問を受けても文句が言えない自分が
食べたことないほど美味しいステーキを食べているのだ
これではダメだと・・・・・
でも、肉を噛む行為と、肉を口に運ぶ行為は止められなかった。
「ミカさん、サラさん
今更だけど・・・ステーキソースもあるよ」
そんな鉄雄の助言で、ミカとサラは2枚目のステーキに手を伸ばす。
ミカは、ニンニク多めのソースで食べるが
今度は、しっかりと味わいながら、ゆっくりと食べていく。
サラは、サッパリ系のオニオンソースで
まったく違う顔を見せる、ステーキの味に心と舌を奪われる。
鉄雄は、やっと来たステーキを、一口大に数個きりわけると。
「胡桃、せっかくだから、一口食べるか?」
無言で頷く胡桃に、小さく切り分けた塊を、胡桃に「あーん」と、口に運ぶ鉄雄
そして美味しそうに食べる胡桃。
(なにあれ、紫音にあんな事してもらった事ない)
微妙に羨ましい鈴だった
そして、とりあえず全員分(鉄雄・ミカ・サラ)ステーキ焼いたので
アリスを起こして、何か食べてもらおうかと
一度手を止め、フライパンを置く・・・。
その傍ら、まったく面白くないのが蓮である。
ミカが食い気に負け、言うことを聞かなくなり
帰ろうにも帰れなくなっていた蓮。
ミカがステーキを美味しそうに食べる姿を見せ付けられる
一言謝ってしまえば済む問題と言うことは蓮も分かってはいるが
一度口にしたことを撤回するなど、男としてのプライドが許さないのだった。
そう、蓮は落ち着きを取り戻し現状を理解する
だが、夕食も食べず暴れまわった結果、かなり空腹でもあった
美味しそうな匂いを発しているステーキに心を揺さぶられ
プライドが食欲に負けそうになる。
だが今更、鈴に謝りたくもないと、ステーキを諦めはしたが
夜食にと準備されていた、テーブルの上にある
サンドイッチまでは、いらないと言った覚えはないと
屁理屈を思いつき、鈴の意識が、テーブルの周りに座る人間から
奥にあるソファーに寝ている、鎧女に向かった事に気が付く
いや、鈴の意識がテーブルから離れるのを静かに待っていたのだ。
その瞬間、テーブルの上に在る、サンドイッチに蓮の右手が伸びる。
蓮の右手が、テーブルの上に差し掛かった瞬間
その右手は、何かに弾かれた。
「なんだ?」
驚く蓮に、答えたのは鉄雄。
「ティオーノ先輩、そりゃ、鈴の結界みたいなもんだ
鈴が「ご飯抜き」って言ったんだ
この家に居る限り、食べると言う行為が出来るわけがないだろう?」
「なんだと!!!」
鈴を睨みつける蓮だが
「だから何?」と言わんばかりに無視をする鈴。
蓮はその右手に覇気をまとわせ
先ほど弾かれた結界が在るだろう場所に腕を伸ばす。
今度は弾かれはしないが
その存在に奥歯を噛み締める。
(なんだ・・・この結界は・・
いや、正確には結界ではないな
俺と言う存在を否定する・・・一種の封印か?
これ以上押し込む事も、傷を付ける事も出来ないとなると
力技での破壊は厳しいか・・・
鈴の奴、本気で俺に何も食べさせないつもりか・・・)
「ミカ、そのサンドイッチ取って、俺によこせ。」
反応する、ミカ、そして、鈴。
「ダメですよ、ミカさん!」
動きが止まるミカだったが
蓮の苛立っている顔をに視線を送り
ダメですとは言うが、可愛く怒る鈴に視線を送り
目の前にある、とても美味しいステーキに視線を送り
蓮⇒鈴⇒肉⇒蓮⇒鈴⇒肉⇒蓮⇒鈴⇒肉⇒を三度ほど繰り返すと
ミカは決断した。
そして蓮に対し無言で頷く
蓮は、それを見て、やはり俺様の部下!とニヤリと笑う。
ミカは、鈴をニラム様に言い放つ!
「おかわり!」
「ミカァァァーーーー」
「ハッハッハ
ミカさんも、鈴に胃袋を掴まれたな
ティオーノ先輩の負けだ
素直に謝ればいいものを、意地を張るから、そうなるんだよ」
部下に見放され。
後輩には笑われ。
蓮にも我慢の限界と言う物があった。
1年前まで、どんな事が有っても
異世界の力を人前で使う事は無かった蓮だが
シオンと知り合い
今では傍らには前の世界と同様に、ミーティアと、ミカが居る
徐々に蓮の中にある、ストッパーが緩くなっていることは確かであり
今、目の前には、その力を隠す必要が無い相手ばかりである。
そう、蓮は立ち上がると同時に
その身、全身に覇気を纏う。
「覚悟しろ!
お前達、俺を本気で・・・・・」
動きが止まる蓮。
「蘭さんの家を壊すきですか!」
いや、笑顔で静かに怒る鈴によって動きを止められたのだ。
この時、鈴の中で下がりまくていた蓮に対する尊敬の念は
一気にどん底まで落ち切った。
(指一本すら動かせない・・・・
封印?そんなレベルの代物ではないぞ・・・
鈴の奴・・・ミカに分け与えた魔力にしろ
この封印魔術にしろ・・・
いったい、どれだけの力を隠し持っていやがる)
鉄雄と胡桃にとっては
いつも暴れる紫音を(調子に乗った鉄雄も)止めるのは鈴なのだ
いってみれば、よく見る光景であり、気にする事でもない。
ミカは、その野性的悪魔本能(食欲)で
すでに(ステーキの為なら)鈴に逆らう事をやめ
多少なら、主である蓮に
(あのシスシス (サラ)の様に目の前の食事を奪われそうになるくらいなら)
背を向ける覚悟を決めていた。
だが、覇気を纏った蓮すら止める鈴に
どうやったら勝てるか、その本能で見極めようともしていた・・・・。
そして、本来ならこの場所に居るはずのない人物【サラ】
ある組織の闇で動く暗殺者でもあるのだが
ある意味、この場所では、一般的な常識人の枠を出ることはない。
彼女は、目の前で繰り広げられる常識はずれの魔法を目にし
冷静な表情で腰を抜かす。
そして、気が付く
誰ひとりとして、魔法デバイスを装備していないのだ
そう、目の前の人間は
デバイス無しで
科学魔法の限界を超えた魔法を使う・・・。
そして思い出す
両足を失った、忌まわしき極秘任務
結果失敗してしまったが
盗み取った情報にあった
異世界の魔法・・・。
彼等はそれを使う・・・。
そう、使えないと説明が付かない。
自在に場所を移動できる、転移魔法。
空を自由に飛べる、浮遊魔法。
そして、失った足を復元させた回復魔法。
どれを取っても、世界がひっくり返るほどの魔法である
そう、彼等は常識を飛び越えた魔法と力を持った存在である
あの【ゴーレム】は無理かもしれないが
あの、アメリカの傭兵部隊や、鷲尾や小宮の日本人部隊なら
単身で戦えるのではと考える。
ゴーレムを倒した【レン】と【ミカ】は次元を超えた強さがあり。
全身鎧の女は、あのゴーレムの一撃を受けて尚立ち上がる強さを持っていた。
メイド服の女性は、7匹のワイバーンを瞬殺した。
【リン】と名乗る少女は、ゴーレムを倒した、レンを手玉にとる。
きっともう一人の少女【クルミ】も何かしらの力を持っていると考えるが
もっとも気になる存在が2人いた
1人は、あのほぼ裸の男。
これだけの力を持つ仲間が居ながら
彼だけが無能力者と言うことは有りない
だが、単身で乗り込んできて、簡単に捕まった
そして、死に至るだろう拷問に、薬物投与された彼
どう考えても、ワザと捕まったとは考えれないのだ
その存在意義すら、理解出来ない。
もう1人は【テツオ】と言う男だ。
まず第一に、造船ドックに入ってきた時点で
姿を隠している自分と目が合った事だ
サングラスをしていたので、初めは気のせいだと思っていたが
一度ならまだ知らず、何度もこちらを確認していた様子があった
気体を操作し、光を屈折させ、肉眼では絶対に見つからない自信はあったが
あの短時間でバレたのは初めてでもあった・・・が。
それ以上に、驚かされたのは
失くした足首から下を復元させた、回復魔法だ。
そして、あの裸の男が、小宮に吹き飛ばされた腕を復元させたのも
テツオと言う男なのだろう・・
そんな規格外の存在が助けに来るほどの、ほぼ裸の男。
あの男は何者?
そう、目の前に居る男みたいな
裸に赤いフンドシ、変な仮面は・・・かぶってなくて・・・
腰に抱きついた、幼さが何処となく残る
美しさの中に可愛らしさが残る綺麗なメイド服の女性と
同じく腰に抱きついた、すこしタレ目ではあるが
気品あふれる美女、女性から見ても、惚れ惚れするその、プロポーション
その体型に似合いすぎる黒いドレスの・・・・・?
サラは目の前に現れた、抱き合う3人を直視すると
顔を真っ赤にして、目を回し、茹で上がったタコの様に
プシューーーーと、頭から湯気を上げて、いきなり倒れるのだった。




