とにかく話し掛けろ
「おはよう」
「…………」
「今日はいい天気だな」
「…………」
「明日は雨だってよ」
「…………」
「明後日は晴れるらしいな」
「何なんだよ、うるさいな!」
五月中旬の朝。遅刻もせず毎日真面目に学校へ来ている田宮に、俺だったら確実にぶん殴ってるウザさで朝の挨拶をする。
「昨日横浜のアイスを並んで食べたんだよ。うまかった」
「なんでいきなりアイスの話してんだよ!」
「マイ・ネーム・イズ・ソウジ」
「なんで英語!?」
「ドラクエやった?」
「やってねーよ! 頭おかしいのかテメェ!!」
昨日購入したコミュニケーションマニュアルに書いてあった事をやっているだけなんだが、田宮の機嫌がどんどん悪くなって来ている気がする。拗ねてるだけか?
「……ふ」
そういや俺も始めは綾さんにこんな態度を取っていたな。
「わ、笑ってんじゃねーよ!!」
「おっと」
殴り掛かってきた田宮の拳をかわし、逆に胸を揉む。これもコミュニケーションの一つらしい。
「っ!?」
「良い乳してまんな。揉まれておっきくなったんでっか?」
「~~~~っ!!」
その後すげぇビンタが飛んで来たが、コミュニケーションは成功したんだろうか?
「……頼むぜ係長」
便所で腫れた頬を水で冷やしながらコミュニケーションマニュアル、【いつも心に係長を】を開いて読む。
「……ふぅ」
次はこれか。
二時間目、英語
「あ~、ヤベー教科書忘れた見せてくれ」
「…………」
「見せてくれ」
「……………」
「見せてくれ」
「…………………」
「見せ」
「勝手に見ろよ!」
田宮は英語の教科書を俺に投げ付け、すげぇ目で睨みつけて来た。
「ありがとう。どうだい授業サボって食堂で食事でも」
「死ね!」
三時間目、現国
「君の為に詩を作って来たんだ」
「は?」
「美しい人生を、限りない喜びを、この胸のときめきを」
「死ね!!」
四時間目、数学
「恋と数学は良く似ているね」
「…………」
「どちらにも式と法則がある。でもね、答は」
「死ねー!」
昼休み
「……パンくわえた女とぶつかれだ? 何処に居るんだよ、んな奴」
パンをくわえながら屋上でマニュアルの一つ、【俺と彼女はこうしてステディ】を読む。
「ふむ……ん?」
【意地っ張りで、気の強い彼女。そんな彼女にはこれだ!】
「…………マジかよ」
五時間目、歴史
「…………」
無言で田宮の横顔を、じっと見つめる。
「…………」
田宮は俺の視線を無視しているが、どこと無く落ち着きが無い。
「…………」
更に凝視。
「…………」
更に更に凝視。
「……う~~、なんなんだよさっきから!」
「可愛いなお前」
「かわっ!?」
「お前見たいな奴、好きだぜ」
「な、ば、あ、ぅ~! い、意味分かんねえよテメェ! 馬鹿か!? 気持ち悪いんだよ!!」
「お前が好きだ」
「っ!? し、知るか馬鹿!!」
田宮は赤くなった顔を隠すように、俺へ背を向けたって、本当にコミュニケーションなのかこれ?
「じ、授業中です……」
「あ、悪い。続けてくれ穂波先生」
「うぅ……。三代目将軍徳川家光は……」
「……コミュニケーションってのは、やっぱ難しいわ」
俺の呟きに田宮は僅かに反応したが、こっちを向く事は無かった。