3 大事なのは見た目よりもその中身
二→五
「とりあえず、言葉は通じるみたいだな」
聞き取り、発音、特に問題はない。
当然のように会話できていたが、確認は大事だ。
ただ、気をつけることがあるようで、こちらの世界では使われていない単語を不用意に口に出さないことらしい。
と言うのも異世界云々より、敵国の人間だと疑われれば、魔導騎士に目をつけられ、最悪投獄されてしまうと言う。
そこではまともな飯にはありつけず、死にたいと懇願するほどの、尋問という名の拷問を受けるとテテは語った。
「なにそれ……」
「安心しろ、後半は冗談だ」
場を和ませるようとテテなりのジョークだったのだが、非現実の中に放り込まれたばかりの春には、それを笑いばせるだけの余裕はない。
「とりあえず、まあ。俺も最初は理解できなかったんだけど、よく見ると全部カタカナに似てるんだ。そうやって見るとちょっとは楽だろ?」
「あ、ほんとだ」
見本に開いていたメニューをよく見ると、跳ねる必要のない部分が跳ね、見たことない線が加わっているが、慣れてしまえば何とか読める。
「平民が使うのはこれくらいだから、すぐに覚えられるだろ」
メニューを閉じてテーブルの脇に寄せると、テテはまたウエストポーチに手を突っ込んで、数枚のコインを取り出した。
金貨、大きめの銀貨、小さめの銀貨、銅貨。
の順番で春の前に並べ、金貨を突く。
「簡単に言えば、これが万。そんで千、百、十、の価値がある。その分、物価が安く感じるかもしれないが、ここでは金貨五枚あれば、朝晩食事付きで、宿が一ヶ月借りられる。普段使うことが多いのは、小銀貨と銅貨ぐらいで、大銀貨と金貨は持ち歩いてると、変な輩に絡まれるから気をつけろ」
説明を聞きながら、コインの表面に刻印された模様に視線を向けた。
父が趣味で集めていた、海外のコインの柄は人の横顔が多かったが、ここのコインの柄は建物や植物らしい。そして縁には、先ほど教えてもらったものとは違う文字が刻まれている。
「この文字は?」
またポーチに手を突っ込んでいたテテは、春の指先を見て「ああ」と呟いた。
「それは古代文字、それが読めるのは、教育を受けてるお貴族様ぐらいだから、気にしなくていい」
「ふーん」
この世界にも貴族という階級の存在があって、教育の差があるということは、当然のことながら差別もあるのだろう。
学校で習った、あっちの世界での昔の階級制度を思い出しながら、貴族とは関わり合いにならないように気をつけようと、心に決めた。
「はい! お待ちどう!」
元気な掛け声と同時に、大皿に乗った料理がテーブルに並ぶ。立ち上る湯気に乗ったいい香りに、きゅう、と腹が鳴った。
荒めに潰したマッシュポテト、トマトと一緒に煮込んだ数種類の豆、青々とした葉物のサラダ、そして何より食欲を注ぐのが、テラテラと濃い黄金色に輝き、しっかりした焼き色が付いた照り焼き。のようなもの。
「美味しいものを食べれば元気になるわ、店の料理はこの都でも評判なのよ」
彼女は、腰に手を当てて胸を張り、視線を後ろに向けた。
その視線の先には、カウンターでグラスを磨いている仏頂面の大男。この店の店主だろう。
彼女の視線に気付いたのか、睨むように視線をよこすと、また直ぐに下を向いてしまった。
「気を悪くしないでね、あれでも、あなたのことを聞いて心配してるの」
そう言って、春の前に置いた皿を指差した。その美味しそうな料理は、向かいに座るテテの皿と見比べると、明らかに量が多かった。
「俺のは?」
自分の皿を見つめていたテテが、ぽつりと落とす。
「もう、パンのおかわり付けてるんだからいいじゃない」
彼女は持っていた盆でテテの頭を小突くと、困ったようにため息をつく。そして、すぐ別の客に呼ばれてしまった。
「お礼……まだ言ってない」
「後で言えばいいだろ、冷める前に食べようぜ」
フォークを肉にぶっ刺して、ナイフも使わずに豪快に齧り付いたテテは、口の端に付いたタレを舐めとった。
まるで子供のようだと思いながらも、その一連の流れを見てしまっては、余計に食欲を唆られる。
齧り付くような真似はしない。
用意されたフォークとナイフを使い、ちょうど良い大きさに切り分けた肉を一つ、口に運んだ。
こんがりと、しかし、柔らかく焼かれた肉は、歯を立てると途端に肉汁が溢れ出す。そして、濃いめの味付けが、何時間も森を歩き回り、疲労の溜まった体に染み渡った。
「美味しい!」
思わず出た声は大きく、少しばかり周りの視線を集めた。
しまった、と見を窄めて様子を窺っていると、店主と視線が交わる。彼は太い首の後ろを掻きながら、一度視線を外し、その後、不器用に微笑んだ。
「ここの料理は、故郷の味と少し似てるだろ?」
テテの言った通り、見た目は鶏肉の照り焼きなのだが、春の知っている味付けとはまた違う。
醤油の風味ではない、よく似た何かによって限りなく再現された味、とでも言った方がしっくりくる。
「こんなに美味い肉が、あんな醜怪な見た目の鳥だと知った時は俺も驚いた」
カランッ……
口まで運びかけていた肉片が、刺したフォークと一緒に、音を立てて落ちる。そして、先ほど聞いたばかりの、その名を震える声で口にした。
「……ゴゴドリ」
「そ」
テテは、平然と言ってのけ、こともなげに肉に齧り付いた。
一見、鶏のような見た目かと思いきや、倍ほど大きく膨らんだ腹。小枝のように可愛いはずの二本の足は、猛禽類のように太く、鋭い鉤爪が付いている。
大きな体に乗った小さな頭が、余計に不気味さを醸し出す。
森の中だと、薄暗させいでわからなかったが、テテが納品する際に、カウンターに並べられた八羽のゴゴドリは、灯に照らされて、グロテスクな色味までもが顕になった。
例えるなら、生成色の画用紙を緑と黒のクレヨンで汚したような色だ。
「マジでー……」
落としたフォークを拾い上げ、肉汁が滴る肉片を見つめた。
調理前の姿がどんなものであれ、美味しいならなんでもいいか。
春は一口、また一口と肉を頬張った。